エルの受難7
異形の男のやったことは簡単だ。迫り来る大剣を掴む、ただそれだけだ。
充分に速度がのった大剣を掴む事がどれ程難しいかをさておけば、理屈としては難しくない。
必要なのは、単純に身体能力。
「ちっ……!」
動かない。いや、動かせない。そこから分かる身体能力の差にエルが舌打ちをし……その瞬間、エルの横に「何か」が現れる。
「横からの手出し、御免仕る」
「カエ……」
チィン、という鈴の音にも似た音が響くと同時、エルの大剣を掴んでいた異形の男が凄まじい速度で飛び退く。
その胸元からは斬られたような傷と……そこから流れる血。
そしてエルの横には、カタナブレードを振り抜いたカエデの姿がある。
「……手応えはあった。となると単純に身体の硬さか、厄介な」
「悪ィ、助かった」
「なに、気にされることはない。しかし、これで理解できたであろう?」
「ん?」
警戒するように唸る異形の男から目を離さないまま、カエデは不敵に笑う。
「某は、貴殿と並んで戦えるぞ?」
「あー……」
根に持ってたのか、とエルは苦笑する。
たとえ理由がどうであろうと守られるような形になったのが気に入らなかったのだろう。
そういう人間はたまにいる、のだが。
「どちらにせよ、剣だけでどうにかなる相手にも思えぬがのう」
「お、おいおい」
背後まで近づいてきたシェリーに流石にエルは苦言を呈しようとするが、その言葉が紡がれる前にシェリーの青い瞳が闇の中で輝き始める。
「お、おい。それってまさか」
「その「まさか」じゃの。さあ、不敬者よ……疾く凍れ」
魔眼。その答えにエルが辿り着くと同時に、異形の男が氷の塊の中に閉じ込められる。
巨大な氷塊となったソレを見て、エルはゴクリと唾を呑み込む。
魔眼。
一部の者が生まれつき持つ特殊な才能であるとも言われるそれらは、強力な武器でもある。
有名どころでいえば相手に強いプレッシャーを与え動きを封じる「威圧の魔眼」だが……。
「凍結の魔眼という。忌々しい目ではあるが、こういう時は便利じゃの」
「便利そうじゃねえか。何が不満なんだ?」
氷の中から異形の男が出てくる様子はない。エルはそれでも警戒を解かないまま、そう問いかける。
もしそんな目をエルが持っていたら冒険者として「嬉しい」どころではないような気もするのだが……シェリーはふう、と溜息をつく。
「決まっておろう。妾の機嫌を損ねれば氷像になる。そんな噂のせいで夫どころか友人探しにも苦労するわ」
「あー……」
なるほど、ケンカになっても魔眼持ち相手では下手すると「子供の喧嘩」ではすまなくなる。
しかも相手を氷像に変えてしまうような能力では確実に死に至る。
「……ん? 氷像?」
視線の先にあるのは、氷の塊。その違和感にエルが思わず振り向くと、シェリーは「うむ」と頷いてみせる。
「あの化け物め、妾よりも魔力が高そうじゃの。氷に閉じ込めるだけで精一杯であったわ」
「てことは……」
「ああ、終わってはおらぬ。じゃが魔力の氷はそう簡単には砕けぬ。今の内にどうにか……」
言っている側から、氷塊にヒビが入る。
「……何するにも時間はなさそうだな、オイ」
「私が代わる? 手持ちの武器は心もとないけど、手が無いわけでもないわよ?」
「シェリーお嬢様はお下がりを」
進み出てくるダリアとジーク。そのうちのダリアにシェリーを押し出して預けると、エルはもう一度大剣を構える。
「いや。カッコつけといてとダメとあっちゃ、俺の立場がねえ。手はあるから、任せておいてくれ」
「エル殿。某は」
「ああ、分かってる。アレに一瞬でいいから隙を作ってくれ。出来るか?」
ヒビの広がっていく氷塊を見つめるエルの頼みに、カエデは当然のようにこう答える。
「任されよ。なんなら、そのまま斬り捨てて御覧に入れよう」
「そりゃ困る。俺の見せ場は残しておいてくれ」
「承知」
氷塊が砕け、異形の男が跳ぶように走る。人間のそれを遥かに超える速度のそれはしかし、発揮されることはない。
異形の男が走り出した瞬間に、その眼前に現れたカエデ。そのカエデに弾かれたかのように、異形の男の姿が空を舞ったからだ。
戦技・空捨。言ってみれば「投げ技」であり……相手が人であれば此処から更に複数の技に派生する。
だが今はそれをする必要はない。何故ならば。
「……
すでに、エルが大剣を下段に構え走ってきているからだ。
「
全身強化と、瞬間的な腕の強化。二つの強化の魔法がエルに爆発的な力を与え……落ちてくる異形の男の真下に辿り着いたエルは、もう一つの魔法を解き放つ。
「
大剣を頭上に構え、エルは跳ぶ。
落ちてくる異形の男は空中で無理矢理態勢を整え腕を振るうが、今のエルの力は……たとえ本物の
「無駄、だあああああああああああああああ!!」
受け止め押し潰そうとした異形の男の腕を切り裂き、その胴体をも切り裂きながらエルは跳ぶ。
空高く、異形の男を真っ二つに切り裂きながらエルは跳び……トドメとばかりに大剣を叩きつけてその身体を地面に縫い付ける。
やがて地面に降り立ったエルは大剣を地面へと突き刺し、異形の男が流石に動かない事を確認して息を吐く。
「必殺の飛翔斬……ってな。ったくよお、潜ってるわけでもねえのに大仕事だぜ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます