エルの受難6

 そんな祈りが通じたのかどうか。日が落ちる頃には、クランの裏口に続く道へとエル達は近づいてきていた。


「ねえ、どうして表に行かないの?」

「んー?」


 先頭を歩いていたエルは、そんなダリアの疑問に答えるべく振り返ろうとして……しかし両手を掴まれているので上手く振り返れず、諦めて足を止める。


「つまりだな。あー……面倒事回避ってやつだな」


 聖国における冒険者支援組織であるクランには、休みが存在しない。

 多数の職員がローテーションで業務を回しており、緊急の依頼にも対応できるようにしているからだ。

 今まで各神殿で分担していたものをクランで一括担当することで神殿の業務は軽くなり、参拝者が気兼ねなく参拝できるようになっている……のだが、それはつまり聖国にいる冒険者がクランをある種の拠点として集まるということでもある。

 そんなクランの中核メンバーに「お近づきになりたい」面々は結構多く、ダリア達を連れて表口から入ると高確率で面倒な事態になる。

 何故あいつ等は良くて自分達はダメなのか。

 そういう話になってしまうと、余計な軋轢を生みかねない。

 そこで終わればまだいいが、カナメ批判に繋がると更に面倒な事態になる。

 実のところ、「カナメが勧誘してきた」オウカについても一時期は色々囁かれたりもしていたのだ。

 

 ……まあ、そんなわけでカナメやエル達が出入りする時に主に裏口を使っているというわけだ。

 クランの裏口は人通りの少ない場所であるが故に、裏口に目的のある者でなければ大勢の人間が詰めかけるという事も無い。

 警備的な問題で言えば中に押し入った所で大したお宝があるわけでもなく、ある……というか居るのは聖国でも指折りの戦闘力を持った者達だ。旨味が無い上に聖国から指名手配されれば一気に世界の敵になってしまう恐れすらある。

 そんなリスクを背負いたい人間など居るはずもなく、裏口とか裏道とかいう言葉から考えられるイメージとは真逆なのが「クランの裏口」なのだ。


「ま、そんなわけでこっちの道は多少暗くても安全なんだが、な」


 言いながら、エルは大剣を背中から外す。

 すでにエルから手を放していた二人もまた、自分の武器に手をかけている。


「……どう思われる?」

「さあ、のう。暗殺者という程手慣れているようには思えぬが」


 カエデの手は、すでに腰のカタナブレードに。

 シェリーの手には、短杖が。

 ダリアは護身用らしき短剣を抜き放ち、ジークは剣を構え周囲の気配を探っている。


「……暗闇に黒ずくめがポツンと一人。不審人物丸出しだけどよ……オッサン、何か言い訳あるか?」


 エル達の前に立つのは、黒ずくめの男が一人。

 顔すらも覆面で覆っているが、体型から男である事は充分に分かる。

 遠くを見るように何処か虚ろな瞳はギョロギョロと動き、やがてエルを捉える。

 不気味。一言で言ってしまえばそれに尽きるが、その立ち方はド素人そのものだ。

 両手を前にだらんと垂らし、腰を曲げて立つその姿は……闇の中に忍ぶ暗殺者独特の動き……かもしれないが、それにしては「そういう人間」特有の鋭利な空気が無い。

 エルも護衛依頼でそういう連中と戦った経験があるだけに、それが明確な違和感として伝わっていた。

 そして、しばらくの無言が続き……エルは大剣を強く握る。


「返答無し、か。とりあえず気絶して貰うけどよ、文句はねえな」


 相手は武器を持ってはいない、ように見える。

 見えるというだけで暗器の危険性、あるいは特殊な格闘術の可能性も充分にある。

 とにかく体に触れさせないように一撃で……と、そこまで考えて。


「ごぼぁ」


 目の前の黒ずくめの男が、一気に倍に膨れ上がる。

 黒い服がブチブチと破れ、肥大化した肉体が露出する。

 異常なまでに筋肉質で、灰色の……およそ人とは思えぬ身体をした「何か」が、そこに現出する。


「な、んだあ……!?」

下級灰色巨人デルム・グレイゼルト!? いや、しかしあれは……!」


 ジークが叫ぶが、同時に自らの考えを否定する。

 下級灰色巨人デルム・グレイゼルトにしては小さい。

 しかし、人にしては大きすぎる。ならば……あれはいったい何なのか。


「……下がってろ」

「エル殿……!?」


 他の面々を守るように立ったエルに、カエデが抗議の声をあげる。

 

「ああ、違ぇよ。見下してるわけでも守ってやるなんて驕ってるわけでもねえ」


 そう言うと、エルは大剣を持ち上げ構える。


「見ての通り、俺の武器はデケェんでな……他を気にして戦えるほど、器用じゃねえんだ!」


 そう言い捨て、走る。目の前のアレが何かは分からずとも、恐らく人間ではない。

 ならば容赦する理由はなく、開戦を遅らせる理由も無い。

 先手必勝、それはエルが築いてきた真理でもある。


「いっくぜえ……オラア!」


 下段から、掬い上げるように斜めに斬り上げる。

 初撃としては上段から振り下ろすよりも隙が無く、様子見としても充分過ぎる威力を持った一撃。

 上手くいけば、これで決まる。そんな一撃は……しかし。


「……マジかよ」


 大剣の刃を事も無げに掴む、異形の男の手によって……止められて、いた。

 

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