エルの受難5
「……何やってんのアンタ」
「げっ」
そうして歩きはじめてすぐに、エルはそんな言葉を漏らすことになる。
そこに居たのは、エルが帝国で会った少女……特務騎士のダリアであった。
といっても帝国の騎士服ではなく、前回会った時のような可愛らしい……もっと言えば冒険には向かない服である。
「確かカナメの友達の……エル、よね? モテるのはいいけど、そっちの子、は」
「色々誤解だ!」
叫ぶエルを無視して、ダリアはシェリーをじっと見る。
「……何かの?」
「貴女は……いえ、でもまさか」
「そういう発言が出てくるということは、お主も普通の人間というわけではなさそうじゃの?」
ダリアとシェリーから同時に強い視線を向けられ、エルは思わず後ずさりそうになる。
「な、なんだよ?」
「この子とどういう知り合い?」
「この女とどういう知り合いじゃ?」
まるで浮気を責められる男のように言われて通行人達の視線が突き刺さるが、エルは何とか耐える。
エルの知る限りでは、ダリアは帝国の特務騎士でシェリーはどこかのとんでもないお嬢様なのだが。
それをそのまま情報提供するのはちょっとばかり公平ではないとも思う。
ダリアがどういう事情で此処にいるのかは知らないが、少し高級そうな……それでいて軍人とは思わせぬ服を着ているからには何かしらの事情がある可能性も高い。それをエルの一言で崩すのも良くないだろう。
「えーと……こっちの子はダリアちゃん。前にちっとばかし知り合う機会があってさ。で、ダリアちゃんにも紹介すると、この俺の手を離してくんねえ子はシェリーお嬢様。よく知らんけどカナメに用があるらしい。で、こっちの子はカエデちゃん。やっぱしカナメに用があるらしい」
「ふーん?」
「ほう」
カエデはともかく、シェリーとダリアは今の紹介で何か思うところがあったらしくお互いに睨みあう。
「なるほど、カナメに……ね。そういうこと」
「……その佇まい、騎士のものに近いのう。それも相当に練度が高いと見たが、ふむ」
「あー……まあ、ともかくさ。ダリアちゃんも、まさかカナメに用事かい?」
「あら、よく分かったわね」
「……まあな」
どう考えてもそうだろ、とはエルは言わない。カナメが女の子絡みで苦労するのは見飽きたが、まさかそのカナメと女の子を巡る騒動にカナメ不在で巻き込まれるとは流石のエルも予想していなかった。
「ちょっとカナメに用事があってね。とはいえ、正式ルートだと今頃慌しいかと思ったのよ。悠長に待っているわけにもいかないし、とはいえクランに顔パスってわけにもいかないじゃない?」
丁度良かったわ、と笑うダリアにエルも乾いた笑いを返す。
「俺は通行証じゃないんだがなあ……」
「いいじゃない。私と貴方の……って程仲は良くないけど、一緒の友人を持つ仲でしょ?」
「ちなみに、断ったら?」
「無理矢理ついてくわ」
「だろうなあ……」
本当に厄日だ。今夜は絶対カナメに酒をおごらせてやる……などと考えながら、エルは再び歩き出す。
両手を掴まれたエルの後を追うようにダリアも歩き出し、「それにしても」と呟く。
「どういう状況でそうなったの?」
「俺も分かんねえ。知ってたら是非教えてくれ」
肩を竦めたくともできないエルが疲れたようにそう答えると、ダリアは「ふーん」と返す。
「ま、いいじゃない。両手に花っていうけど、そんな感じよ?」
「そんなのはアイツ一人で充分だっての。つーかこれだって元を正せば……ん?」
言いかけたエルの眼前に、三人の男達が路地から出てきて道を塞ぐ。
全体的に黒っぽい服装をした男達のうち、真ん中の男がエルをじっと見る。
「子供を含む数人の見目麗しい少女達を連れた男……一致するな」
「……聞きたかねえけど、何の用だ?」
「クランのカナメ殿とお見受けする。先日こちらの使者が伝えた件については?」
良く分からないが面倒事だとエルは直感する。それも相当きな臭いタイプのものだ。
しかも自分をカナメと間違えるということは、聖都に来てかなり日が浅い。
それもたぶん、噂レベルの情報しか届かないような遠距離か僻地からだ。
使者を出すということは、貴族か大商人、名士の類。
この場で人違いと言ってしまっても良いのだが、エルはこう答える。
「悪いけどよ、どちら様だったかね?」
「……オウカを渡して頂こう。アレが持ち出したモノについてもだ。それに付随しているであろう巨人についても引き取る用意がある」
「あー……なるほどな」
「返答は如何に」
エルが軽く手を動かすと、シェリーとカエデはアッサリと手を離し……背後でジークが剣に手をかけた音が聞こえてくる。
そして……エルは今日一番の笑顔を浮かべ、宣言する。
「おとといきやがれ、ってやつだな。悪い事言わねえからよ、全部忘れて国に帰れ」
「……なるほど?」
「言っとくけど、交渉は無意味だぜ。絶対にオウカちゃんは渡さねえ。誰に聞いてもそう言う」
「オウカは罪人だ。引き渡す義務があると思うが?」
「その理屈は通じねえよ。「事情」は知ってる」
睨み合うエルと男達だったが……やがて、エルと話をしていた男が小さな溜息をつく。
「そうか。ならばまたお伺いする、カナメ殿」
言い残して去っていく男達を厳しい目付きで見つめていたエルだったが……男達の気配が消えるのを確認して、ダリアが背後から囁く。
「……貴方、いつからカナメになったのよ?」
「俺は一言も自分がそうだって言ってねえぞ?」
「たぶんアレ、厄ネタよ?」
「だろうな」
なんとかなるさ、と言いながら歩くエルにダリアは溜息をつき、そのエルの手を両側から再びカエデとシェリーが掴む。
「……やはりエル殿は素晴らしい精神をお持ちだ。ひょっとしたら、良いサムライナイトになるかもしれぬ」
「くふふっ、面白いのうお主! 今回の用件がなくば、連れ帰っていたやもしれぬ!」
「あー、そうかい」
二人の台詞を聞き流しながら、エルは三人を連れてクランへの道を急ぐ。
これ以上は何もありませんように、と。そんな祈りを捧げながら。
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