エルの受難4
「エル、か。名前だけ名乗るということは一般庶民かの」
「おう、冒険者だからな。しかも先祖代々の由緒正しい一般庶民だぜ」
そういう君は如何にもお貴族様の類っぽいけどな……という台詞をエルは飲み込む。
栄誉を得た商人の類であればああいう言い方はしないし、「一般庶民」などと言うからには自分はそれ以上だと宣言しているに等しい。
しかも、そう思わせることが面倒ごとを招くと理解していない……「かなり上」のお貴族様なのは間違いない。
下位の貴族であれば、貴族と名乗る事で良からぬ輩が寄ってくると理解しているからだ。
「ま、そういうわけでシェリーお嬢様の興味も満たせたっぽいし俺はこれで」
「まあ、待て」
カエデを引っ張って離脱しようとするエルの手を……カエデが掴んでいるのとはちょうど逆の手をシェリーが掴む。
「シェリー様!?」
「黙っとれ、ジーク。妾はこの男に興味がわいたぞ」
シェリーはそう言うと、離すまいとエルの手を強く握りしめる。
「あー……すまないけど、俺はこの子と行かなきゃいけないんだけどな」
「まあ、そう言うな。この騒動は最初から見とったが、お主は「カナメ」の知己なのじゃろ?」
「……つまり、シェリーお嬢様もカナメに用ってことか」
「うむ。というか早急に用があるのじゃがな。どう接触したものかと悩んでおった。しかし此処でお主に会ったはまさに幸運!」
俺は不運だよ、とはエルは言わない。
何処の誰かも分からないお嬢様と、キレやすいサムライナイトの合わせて二人。
一人でもちょっとばかり考え物なのに、二人だ。
しかも自分じゃなくてカナメが目当てだ。愛の神カナンがこの場にいるのであれば、強い抗議をしたくてたまらない。
「あー……一応聞くけど、カナメに何の用なんだ?」
「ふむ。言っても良いが、この群衆の前ではのう……」
シェリーが自分達を囲んでいる群衆を見回すと、彼等はさっと目を逸らす。
それでも何処かに行かないあたり、まだ一騒動あると考えているのだろうが……そこにガチャガチャと鎧の音が響き始める。
「はい、そこ! いつまでも何やってる! 解散したまえ、解散!」
「なんだよ、横暴だぞ」
「多少は見逃しただろう! ほら、解散だ!」
やはり放置していたというわけでもないらしい。聖騎士達に促されて群衆が去って行った後、聖騎士達の一人がエルの前にやってくる。
「すまないな。もし刃傷沙汰になるようであればすぐ介入するつもりだったんだが」
「いや、いいっすよ。結果として何事もなかったですしね」
「そう言ってもらえると助かる。カナメ様にもよろしく頼むよ」
言い残して去っていく聖騎士からエルへと視線を移し、カエデとシェリーは感心したように息を吐く。
「凄いな、エル殿。聖国の騎士達と仲が良いのか」
「カナメとも仲が相当に良いようだ。これは大当たりを引いたかの」
「俺の功績じゃねえよ。カナメともまあ……流れっつーか偶然の部分が大きい。誇るもんでもねえ」
そう、エルとカナメの始まりは本当に偶然だ。それから友人としてそれなりに付き合ってきた自覚はあるが、カナメの抱える何かを減らしてやれているかといえば疑問符がつくと思っている。
カナメの友人というだけで無闇に高い評価をされても、エルとしては評価をやり直せとしか言えない。
エルは、あくまでエルトランズという個人であるからだ。
「……ふむ。誇るもんでもねえ、か。面白いの、普通は友人である事を誇るものだと思うがの?」
「友情は評価されるもんじゃねえよ。そもそもダチがどんだけ凄かろうと、俺が凄ぇ証明にゃならねえんだ」
「なるほど。では出会ったことを後悔しとるのかの?」
「それはねえな」
シェリーの問いに、エルは間をおかずに即答する。
「ほう? しかし苦労はあるんじゃないかのう?」
「あるさ。だが誰かと関わるっつーのはそういう事だろ?」
「……確かにの」
言いながら、シェリーはエルの手を引っ張る。
「うむ、妾としたことがつまらん事を聞いた。そろそろ行こうではないか」
「あー……やっぱりついてくる気なんだな」
「当たり前じゃろ? そっちの女だけ紹介して妾だけ……と、そういえばやけに静かじゃの」
言いながらシェリーは反対側のカエデをひょいと覗き込み「お」という声をあげる。
エルもその言葉にカエデを見ると……カエデは何やら呆けたような顔でエルを見ていた。
「カエデちゃん? どうした?」
「へ!? いえ、あ、いや。なんというか……エル殿は、あー……しっかりした考えをお持ちだと思ったのだ」
「なんだそりゃ」
慌てたようにそんな事を言うカエデに、エルは苦笑する。
「こんなもんは普通……っと、ここでダベってたらまた集まってくるな。そろそろ行くか」
言いながらエルは二人から手を離そうとするが、カエデもシェリーも離さない。
「おーい? まさか手繋いでいくってんじゃ」
「良いではないか。迷子になっては困るしの。そっちのサムライナイトもいきなり抜刀しないように抑えておいた方がよかろう」
エルは困ったようにシェリーの付き人のジークと呼ばれた男を見るが、ジークは沈痛な顔で首を横に振るばかりだ。
「……マジかよ」
「お嫌か?」
「普通は喜ぶもんだと思うがのう」
小動物のような眼をするカエデと、ニヤリと笑うシェリー。
ガッチリと手を掴まれたまま、エルは仕方なしに歩き出す。
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