エルの受難3
「いいから聞けって。お前が言ってる事、かなり的外れだからな」
「……」
腰の剣に手をかけていたアークロットはその言葉に、ピクリと反応する。
的外れ、勘違い。
今日それでカナメに迷惑をかけたばかりであるだけに、その言葉は強く響く。
しかし、それを恐れて本物の悪を見逃すは更なる愚行。それ故に飛び込まない選択肢はなかったが……アークロットは剣にかけていた手を、そっと退かす。
「……そうだな。だが女性が往来で土下座をしている。そんな異常な状況を納得できる説明はあるのだろうね」
「おう。つまりだな」
説明しようとして、エルは言葉に詰まる。
説明するとは言ったが、なんと言えばいいのか。
文化の違い。
一言で言ってしまえばそれだが、この目の前のクソ真面目男はそれで納得するだろうか?
たとえばカナメであれば、エルに不審の目を向けながらも更なる説明を要求してくるだろう。
少なくとも、エルが一方的に悪いなどとは断じないはずだ。
だが面識のない目の前の男相手にそんな言葉で納得はさせられないだろう。
というか、エルだってそんな言葉では納得しない。
サムライナイトの常識がなんか変、というのはどうだろうか。
納得して貰える自信はあるが、今度は土下座している少女……カエデの不興を買いそうな気がする。
アークロットがどうにかなっても、今度はカエデが襲ってきかねない。
「……あー……アレだ。悲しい行き違いがあったんだよ」
結局のところ、そういう無難な説明に終始するしかない。
一から十まで説明したって構わないが、それは少しばかりカエデが可哀想ではある。
「悲しい行き違い……しかし、それで土下座になど発展するものか? それは最上級の謝罪だぞ」
「そういう事言うってこたあ、アンタも連合の奴かよ。なら、この子がサムライナイトだって説明で納得するか?」
「サムライ……何、あ、いや。その格好は確かに……」
アークロットの反応に、エルは心の中だけでニヤリと笑う。
どうやら連合内でも……いや連合内だからこそだろうか、とにかくサムライナイトについての一般的認識は変わらないようだ。
「ちょっとした文化の違いっつーか……まあ、解釈の差だな。で、俺はいいってのに土下座になっちまったわけだ」
「そ、うか。サムライナイトが相手というなら確かに納得はできる、が。そうなると、貴殿は怪我はないのか? パッと見たところではないように見えるが」
どんだけだよ、と思わずエルの口の端がヒクつく。
まあ、エルもサムライナイトはすぐに斬りかかってくるイメージがあったので似たようなものかもしれないが。
「その辺はまあ、そうなる前になんとかなったんだよ」
「……運がよかったのだな」
カエデが物分かりが良かったとかではなくそういう結論になる辺り、「一般的なサムライナイト」には近づきたくねえな……などとエルは思うのだが、表面上だけはエルは笑顔を崩さない。
「おう。で、この子にいい加減土下座やめさせたいからよ。誤解がとけたんなら」
「ああ、誤解はとけた。すまない……私の完全なる誤解であったようだ」
直角になる勢いで頭を下げるアークロットに、エルは「うげー」と呻く。
「そういうのはいいっつーの。ヒョイヒョイ頭下げられても俺も困るんだよ」
土下座するカエデと、頭を深く下げるアークロット。見物人はどんどん増えるし、どんな厄日だと叫びたくなってくる。
「ま、そんなわけで全部終わりだ。ほら、えーと……カエデちゃんだっけか。いい加減立ってくれよ。俺も困るからさ」
「……しかし、某は」
「謝罪の気持ちは伝わったよ。ならもういいだろ。そもそも仕事があって来たんだろ? 案内するからよ」
「……はい」
立ち上がるカエデにエルが手を差し出すと、カエデもその手をぎゅっと握る。
何はともあれ、これで一見落着か……と。そんな事を考えたエルの耳に、パチパチと拍手をする音が響く。
「うむ、素晴らしい! 素晴らしいのう! 妾も久々に良いものを見せてもらったぞ!」
「ひ……シェリー様、あまりお戯れは……」
「良いではないかジーク! こんなもの、今時中々見られぬぞ!」
「……すまないが、私達は見世物では」
迷惑をかけた詫びにどうにかしようと思ったのだろう、アークロットが進み出るが、声の主に「どけい!」と一喝される。
「お主に用などないわ。妾はそっちの男に興味がある」
何やらまた「何処かのお嬢様」っぽい女の子が出てきたな……とエルは内心で溜息をつく。
今度の女の子は上質な……布に関してはエルは分からないので予想だが、恐らくは最上級の布を使った白いドレスを纏っている。
キラキラと輝く銀糸を使ったドレスは如何にも高そうであり、その銀糸に負けないほどに輝く銀の髪は腰まで届くような長いストレート。
身長はレヴェルと同じ程度に低いが、年齢は恐らく身長相当だろう。
丸っこく可愛らしい青の瞳はエルを興味深そうに見つめているが……またしても厄介ごとの匂いしかしない。
背後にいる立ち居振る舞いが洗練された護衛らしき男の姿が、それを物語っている。
少女はそのままエルに近づいてくると、くふっと笑いその顔を見上げる。
「面白いな、お主。妾は……あー、親しき者にはシェリーと呼ばれておる」
「その自己紹介だけで俺ぁもう帰りたいけどよ。エルトランズだ。皆エルって呼ぶよ」
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