エルの受難2
「サムライナイトォ? マジかよ……」
サムライナイト。英雄王トゥーロがその誕生に関わったと伝えられる、連合発祥の職業のことだ。
カタナブレードと呼ばれる特殊な鍛造剣を用い、独特の剣術を継承すると言われている。
言われている……というのは連合の中でもカナタ武国と呼ばれる国にのみ、そのカタナブレードの鍛造技術やサムライナイトの認定権が存在するからだ。
国民の実に三割が専属兵士、残り七割のうち半分以上が兼業兵士という凄まじい国であるが故に、カナタ武国はその建国から一度として侵略を許したことはなく、また侵略したことも無い。
かつて攻め込んできた同じ連合内の隣国に「寄らば斬る。覚悟あらば越えられよ」と言い放った当時の王もサムライナイトであったというが……その攻め込んだ国の兵の生き残りのほとんどが心に何らかの障害を負ったという、嘘か本当かも分からぬ話が残っているほどだ。
当然カナタ武国でもその扱いには非常に厳格であり、カタナブレードは現物はともかく職人は首都からの移動を禁じ、その弟子も一度弟子となった以上は一生首都からは出られなくなる。
サムライナイトに関しても、自国で認定したサムライナイト以外は認めぬと宣言している。
まあ、勿論「もどき」は他国にも色々居たりするのだが……カナタ武国はサムライナイトを名乗る「もどき」は正しき道に導くか斬り捨てよ、と世界中に散らばるサムライナイトに命じていたりする。
つまるところ、結構な過激派の筆頭格がサムライナイトであったりするのだが……。
「……見えねえなあ」
とても、そんな危ない連中には見えない。そんな想いを込め呟くエルを、カエデの鋭い瞳が貫く。
「見えぬ? 何の話か」
「ああ、いや。話に聞いてたサムライナイトとは随分違うな……ってよ」
「ははは、なるほど」
エルの返答にカエデは納得したように笑うと、その笑顔のままエルの胸倉を掴む。
「つまりあれか。貴殿も某に喧嘩を売っているということで良いのだな? 言い値で買うぞクソが」
「は、はあ!? って……うおおっ!?」
ふわりと身体が浮いたような感覚を味わった後、エルは自分が思い切り投げられていた事を自覚する。
なんとか態勢を立て直しながら着地すると、そこにはごく自然な立ち姿のまま立つカエデの姿がある。
周囲から見ても、エルが突然飛んだようにしか見えない……そんな最小の動きだった。
「な、なんだあ!?」
「戦技・空捨。本来はこの一手で終わる技ではないが……これをもって答えとする」
「は!? いや、待て待て待て。なんかトンでもねえ誤解が生まれてる気がすんぞ」
「問答無用。サムライナイトと知ってなお某を弱卒と侮った事、気付かぬと思うてか」
言うと同時にカエデはエルの眼前まで接近し、掌底でエルを弾き飛ばす。
鋼の胸部鎧を貫くような衝撃にエルは小さい苦悶の声を漏らすが、なんとか踏み止まり……それにカエデが賞賛の声を漏らす。
「鎧抜きを耐えるか。確かに加減はしたが……」
「だぁから待てっての! 見た目可愛いと思ったら中身が噂通りとか、詐欺すぎんだろ!」
「……は?」
「ああ、いや。剣抜いてねえ分理性はあんのか? 噂じゃすぐキレて剣抜いて襲ってくるっつうしな……」
カエデから距離をとろうとするエルをカエデは呆然とした目で見つめ、またほとんどの身体の動きを見せぬままにエルの眼前に迫る。
「うおっ!? その移動法こえーよ! なんだそれ!」
「縮地という。それより貴殿、先程某をなんと言った」
「あ? 見た目詐欺ってやつか?」
「違う。いや、違わんがその前だ」
エルの肩を掴むカエデにエルは疑問符を浮かべるが、すぐに意味を察して「あー……見た目可愛いってやつか?」と問いかける。
「そう、それだ。可愛いというのは軟弱という意味だと理解しているが……どうしてそれが中身が違うというのと共存する」
「あ?」
「心が雄々しくあらば、自然と相応しき空気を纏うもの。つまり中身が「噂通りのサムライナイト」であるならば、そんな言葉が出てくるはずもなかろう」
「いや、すまん。意味わかんねえ」
何言ってんだこいつ、と言わんばかりの顔をするエルにカエデも同じく理解不能といった顔をする。
「いや、分かるだろう? 某の中身が雄々しいのであれば、自然と外見もだな」
「……その理屈だと、俺の知り合いにゃ数人ドラゴンみてえな外見してなきゃいけねえのがいるなあ」
具体的に誰とは言わねえけどよ……と言うエルに、カエデは静止してしまう。
「いや、しかし。可愛いなどというのは、ほれ、あれだ。某が女子であるから自然と出てくる侮りであって、実際先程の者共も」
「ああ、いや。なんとなく分かるけどよ」
君可愛いねー、を挨拶として使っているような下心満載の連中を相手にしていれば、自然とそうなるかもしれない。
なんとなくカナタ武国での教育も歪んでいる気もするが……それはともかく。
「いや、俺も悪かったよ。サムライナイトは過激な連中ってイメージばっかり先行してたから、ゴツい男ばっかりだって想像してたからよ」
「ああ、いや。確かにそういう男のサムライナイトが多い事は否定しないが……」
「だろ? で、予想以上に可愛い女の子だったからすぐにイメージと結びつかなくてさ」
「……」
しばらくの無言の後、カエデはその場に座り込み土下座の姿勢に移行する。
「こ、今度は何だよ!?」
「よぉく理解した。某の浅慮と短慮の引き起こしたこの事態、深くお詫びする。任務終わりし後、この首を差し出そう」
「いらんいらん! やめろ重てぇ!」
「しかし」
「しかし、じゃねえよ! まず顔あげろって! 人集まってるし俺がヤベえ奴みてえに……!」
「おい!」
興味深そうに見ている周囲の人々を掻き分けて、一人の男が進み出てくる。
「こんな往来で女性を土下座させるなど……正気か貴殿は!」
「いや、これは理由がだな」
「理由があれば土下座が許されるとでも言うつもりか! このアークロット・ロウグリフ、斯様な暴挙を見過ごす程腰抜けではないぞ!」
また話聞かねえ奴が出た。
エルがそんな感想を抱いて天を仰いだのは……まあ、無理のない事だっただろう。
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