エルの受難

 カナメが頭を悩ませている、丁度その頃。

 聖国のダンジョン入口付近では、エルが串焼きを齧りながら空を見上げていた。

 可愛くて性格も良くて自分とバッチリ合うような……そんな女の子を探しているだけだというのに、中々出会えない。

 ダンジョンを潜る仲間という命を預け合う関係である以上、エルとしてはそこに妥協したくはない。

 守るにせよ守られるにせよ、命をかけられる相手でないとどうしようもない。

 それが叶わないのであればソロも仕方なし、と。まあ、そんな事を考えているからエルは一人なわけだが……とにかく今日もエルは一人であった。

 エルのそういう考えは本人が公言している為広く知れ渡り、タチの悪い事に本人が結構美形であるが為に何人かの自分に自信のある女冒険者がエルを誘ったりもしているのだが……何故か、その後に正式な仲間として続いたという話は聞かない。

 余程エルがダメであったのかと他の者が聞けば誰もが「そういうわけじゃない」とは言うのだが……まあ、エルとはそういう男であり、今日もまた「運命の誰か」を探している。


「……ん?」


 そんなエルの耳が捉えたのは、広場で揉めているような音と……声。

 血の気が多い冒険者が集まっている以上、多少の騒ぎはいつものことであるし大事になるようなら聖騎士達がすぐに抑えにかかる。

 だから放っておいても問題ないのだが……どうにも女の子の声が混ざっているらしいことに気付き、エルは視線を向ける。

 そこにいるのは一般的に見れば美形に見える男三人、そしてそんな三人に囲まれた女の子が一人。

 男達がつけているのは一般的な鉄製の胸部鎧のようだが、女の子がつけている鎧は少しばかり珍しい。

 胸部鎧……までは普通にも見えるが、特徴的なのは何枚かの金属板を組み合わせて作った肩当てと、その肩当てと同じ作り方で出来ている腰鎧。手甲も含め全て同じ意匠となっており、長いスカートのようなものの下からは脚鎧も見えている。

 腰に提げているのもこれまた特徴的な意匠の大小二本の剣であり、極めつけはポニーテールに纏めた黒髪と黒目だ。

 如何にもキツそうな印象の瞳と真一文字に引き結んだ口を見るに、不機嫌マックスといったところだろうか?


「ありゃあ……どう見ても、だよなあ」


 エルの脳裏に浮かぶのは、オウカだ。カナメもそうだが、あの髪色に加えて一般的なものとはかなり趣の違う武装には覚えがある。というか、連合の一部で有名な装備だ。

 確か英雄王がこだわって開発した……その割にはあんまり着用しなかったらしいが、とにかくソレそのものだ。

 フル装備でも普通に全身鎧を着込むよりは軽いが、隙も多い。メリットは動きやすさ……だっただろうか。

 あまりこちらでは流行っていないはずだが、そんなものを着こんでいる以上連合から来た人間なのは明らかだ。

 聞き耳をたててみれば、どうにも女の子に対してパーティに入れと誘っているらしいが……その中で、どうにも聞き捨てならない言葉が聞こえてきてエルは仕方なしに彼等の元へと向かっていく。


「だからさー、カナメクンとは知り合いなんだって。今度会わせてやるからさ」

「そうそう。クーゲル君は顔広いからなあ」

「な? お互い利益あるじゃん?」


 軽い調子で誘う三人に、しかし女の方は不機嫌そうな調子を崩さない。


「知り合いというのであれば、今会わせればいいだろう。その後であればダンジョン攻略にも」

「カナメクンは忙しいからさー。ちょっとした時間潰しだって」

 

 ヘラヘラと笑うクーゲルの近くまで寄っていくと、エルはその顔をひょいと覗き込む。


「へえー、カナメの知り合いねえ。でも俺はカナメの近くでお前なんか見た事ねえぞ?」

「あ? なんだてめ……ってエル!? か、関係ねえだろテメエにはよ!」

「あん? 俺の事知ってんのかよ。なら話は早ぇな、どっか行け。聞かなかった事にしとくからよ」

「くっ……」


 この聖国に出来た冒険者支援組織、クラン。エルがその中核メンバーであることは、冒険者であれば余程の阿呆でない限り知っている。

 

「え、偉そうに……! たまたま選ばれた程度でよ……!」

「偉ぶってなんかねえよ。そんな器でもねえ……今のとこはな」


 舌打ちして走り去っていく三人を放置して、エルは結果的に助けてしまった女へと振り返る。

 見たところ、一六歳か一七歳といったところだろうか。装備の立派さからして何処かの裕福な家の子女だろうことは分かる。

 若い冒険者には幾らでも例外はいるが、あまり戦い慣れていない感が女にはある。


「……貴殿は、カナメ殿の知己でいらっしゃるのか」

「ん? んんー……」


 助けたはいいが、厄介事の匂いがプンプンする。どうしたものかとエルが考えている間にも、女はエルをじっと正面から見つめたままだ。

 その様子に、エルは理解する。ああ、これは……カナメと同じクソ真面目なタイプだ、と。

 誤魔化すのもいいが、後々面倒な事になるのは確実。関わった時点で負けは確定していた。

 そう結論付け、エルは肩をすくめ溜息をつく。


「……俺はエルトランズ。まあ、エルと呼んでくれ」

「む、これは失礼した。某はカエデ。カナタ武国の、サムライナイトだ」

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