問題は続けてやってくる5

「問題……って、なんですか?」

「はい。エリーゼ様のことでございます」


 ハインツの端的な返事に、カナメは最近のエリーゼのことを思い出す。

 やけに忙しそうだとは思っていたが、それ絡みなのは間違いないだろう。

 そう、エリーゼの本名はエリーゼ・ラナン・ラジュシェルト。

 ラナン王国の第十七王女である彼女の実家の事情は、他のメンバーと比べても複雑だ。

 カナメが迂闊に口を出していい問題では無い為、黙っていたのだが……。


「簡単に申し上げますと、カナメ様を巡って王国内で駆け引きが行われております」

「えっ」

「は?」


 カナメだけでなく、オウカまでがその言葉に目を丸くする。

 だが、すぐにオウカはその意味を理解してカナメに視線を向ける。


「あー……なるほど。王国の王族事情は多少知ってるけど。そういうことか」

「はい、その通りでございます」

「え? え? どういうことだ?」


 分かり合うオウカとハインツにカナメが疑問符を浮かべていると、オウカは苦笑してみせる。


「つまり、なんていうのかなあ。カナメってば有名人でしょ?」

「……自覚はある」


 クランなんていうものを立ち上げたのだ。有名人でないといっても謙遜が過ぎるどころの話ではない。

 しかし、それがどうしてカナメの争奪戦などという話に繋がるのか。


「でも、言っちゃなんだけど俺、王国とほとんと繋がりなんてないぞ?」


 ラナン王国に居た期間なんて、ごく短い間に過ぎない。

 それも地方都市に少しいた程度だし、王族とだってエリーゼとハイロジアの二人と会った程度だ。

 いや、それでも一般人からしてみれば充分すぎる程なのだろうが、それにしても聖国にいるカナメを王国の人間が取り合う理由にはなっていない。


「はい。ですがエリーゼ様がカナメ様を「対象」としている事は王国に報告しておりましたので」

「あ、なるほど。報告書が向こうの王様宛に上がってて、そこから漏れたわけだ」

「……というよりも、カナメ様に接触しようとする動きが出た結果自然と……という流れのようですね」

「それって……あー……やっぱり結婚相手がどうとかっていう」


 ハインツとオウカのやりとりにカナメが嫌な予感がしてそう聞くと、ハインツは「その通りです」と頷く。


「すでに何人かの王女様方が動いておられるようで、エリーゼ様を蹴落としてでも……という方もおられます」

「蹴落としてって。そんな会った事も無い相手に!?」

「私がカナメ様の絵姿を送っておりますので。王女様方であればすでに見ておられるかと」

「何してんですか!?」

「必要なことでしたので」


 しれっと言うハインツにカナメは頭痛がする思いだったが、そう言ってもいられない。


「いや、たとえ俺の顔を知ってたとしてもですよ? 物凄い性格悪いかもしれないじゃないですか。エルにはハーレムって良く言われるし」


 実際、カナメをそういう女好きだと思っている者も多い……らしい。

 そう言って馬鹿笑いしていた連中とエルが喧嘩していた辺り、男の友情の複雑さが伺えるが……それはさておき。


「だからこそ、と考える方もいらっしゃいます。自分が主である分には継承問題は起こりませんし」


 つまりカナメが何処で子供を作ろうが王族である女の子供にのみ継承権が発生するという考え方だが……カナメからしてみれば、そんな軽い男とは思われている事自体があまり良い気分ではない。


「あー……まあ、状況は分かりました。でもそれって、王国に俺がしばらく近づかなければいい話なんじゃ」

「そうであれば良かったのですが……ここのところ、色々と理由をつけてカナメ様に接触しようとする動きが活発化しておりまして」


 エリーゼを通して接触しようとしているうちは、エリーゼとハインツで色々な手段を使い跳ね除けていればよかった。

 手紙は理由をつけて断りの返事を出し、間諜の類を送り込んでくるならハインツが撃退した。

 同じ王族だけではなく適当な貴族を通して接触を図ろうとする動きもあった為、それの排除にも最近エリーゼは追われていた、というわけだ。


「まあ、分かるわ。ラナン王国の王族は結婚も政治的な武器だもの。少しでも条件がいい方が良いに決まってるわよね」


 恋愛結婚を望めなくても、幸せな結婚生活くらいは……と思うのも無理はない。

 財力、地位、それがなくとも顔くらいは。

 もっと言えば、自分の好みに合致すれば更に良い。

 そんな事を考えて世界中に自分の部下を送ったり、自分自身が旅をしたり……立派に育った部下と結婚する例もあったりする。

 現代に生きるハーレム王であるラナン国王の息子や娘は三十人を超えるが、その全てがラナン王国を更に強固にする為の武器であり……それを彼、あるいは彼女達も自覚している。

 ……だからこそ。現代に現れた「新たな英雄」の噂が王国の姫達に与えた影響は大きい。

 何しろ強力な魔法装具マギノギアと思われる弓を持ち、世界中に影響を与える聖国でクランなる組織を立ち上げている。

 本人自身、女好きという噂はあるものの顔も悪くなく、年も行き過ぎているわけでもなく……むしろ適齢期。

 エリーゼが狙っているらしいが、まだ確定というわけでもない。

 となれば、横から奪い取ったところで何の問題も無い。


「実際、三人ほどの王女様方が聖国をそれぞれのルートで目指しております。流石にこれを排除するわけにもいかず、カナメ様への接触も確実です」

「……ああ、なるほど。なんか分かった気がする」


 その三人がどういう人間かは分からないが……確実に嵐が来る。

 オウカの事で手一杯なこの時期ではあるが、その三人にも穏便に帰って貰わなければならない。


「俺とエリーゼが仲がいいってことを見せつけろ……ってことでしょう?」

「その通りでございます」


 つまりオウカを守りながら、エリーゼともいつも以上に仲のいい様子を見せなければならない。

 それがどんな噂をもたらすかを考えて、カナメは頭痛がひどくなったような気がした。

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