問題は予想外の方向からやってくる

 シュテルフィライトとの戦いからおよそ一カ月。

 聖都の端に鎮座するエグゾードがちょっとした観光名所になったり、エグゾードを守る為に警備の特別編成がされたりと……まあ、主にエグゾード絡みで幾つかあったりもした。

 流石に人造巨神ゼノンギアだとは分からないだろうが、伝説の魔操巨人エグゾードではないのかという程度には想像がつく。

 しかも毎日黒髪の妙な格好の女がやってきては何かやっているとなれば「確実にそうだ」と思う者達がいるのも無理はない。

 となると、当然オウカと接触しようとする者は山のように出てくる。

 

「ちょっとよろしいですかな」

「よろしくない」


 道で声をかけてくる紳士風の男の誘いを一言でバッサリ。


「あの巨人に関わっている方ですよね? 実は良いお話が」

「聞かない」


 何処かの使用人風の男の誘いを一言でバッサリ。


「やあ、美しい君。ちょっといいかな?」

「邪魔」


 無駄にキラキラ光るイケメンの横を通り抜けて。


「おい、そこの女。こっちに来て貰おうか」

「嫌よ」


 高圧的な男を一言で切って捨てて……その肩を掴まれる。


「いいから来い。たかが平民が我が主人の命令に逆らうなど許されんぞ……!」

「庶民だ貴族だってのが聖国で何の関係があるってのよ」


 自分の肩を掴む逆毛の巨漢をオウカが睨み付けると、巨漢の力がグッと強まる。


「何処であろうと貴族は貴族、平民は平民だ! 侯爵様の誘いを断れるとでも……」

「ちょっと」


 だが、その巨漢の手を横から現れたもう一つの手が払いのける。オウカと同じ黒髪のその男に、知り合いか家族だろうと考えた巨漢は自分の手が簡単に払いのけられた事の意味を考えることなく、黒髪の男にくってかかる。


「なんだ貴様……こいつの兄弟か!? 逆らうというのであれば容赦せんぞ!」

「いや。何処の侯爵様かは知りませんけど、この国では関係ありませんよ。聖国には聖国の法があります」

「なにぃ……?」


 腰の剣に手をかけた巨漢に、黒髪の男は怯えた様子もない。


「申し遅れましたが、俺はカナメ・ヴィルレクスといいます。出来れば諦めて出直してくれると嬉しいんですが」

「そうか。無礼打ちの後の墓標にはそう書いておいてやろう!」


 言うと同時に抜き放たれた巨漢の剣はしかし、カナメの眼前で透明な壁に阻まれ弾かれる。


「ぬ、お……ぐあっ!?」


 繰り出されたカナメの掌底に、巨漢が大きく弾き飛ばされ道に転がる。

 遠くから騒ぎに気付いた聖騎士が走ってくるのを見ると、カナメは困ったように頭を掻く。


「まいったな。ここ数日絡まれてるらしいとは聞いたけど、いつもこうなのか?」

「んー。今のアレみたいなパターンは初めてかな。ていうかカナメ、凄いわね。レクスオール神殿の連中みたいだったわよ」


 オウカに褒められたカナメは、思わず苦笑する。あれは裏技というかズルみたいなものだ。

 魔力障壁マナガードを応用して吹き飛ばしているだけであって、決してカナメがレクスオール神殿の面々並の力持ちというわけではない。


「まー、アレは色々とコツっていうか」

「ふーん。まあ、いいわ。暇? ちょっと付き合ってよ」

「アレの所だろ? こんなに狙われてるなら明日からは護衛つけた方がいいと思うけど」

「かもしれないわね。経費がー、って言いたいけど……時と場合によるわよね」

「俺達の誰かが護衛できたらいいんだけどな。まあ、レクスオール神殿辺りに協力を頼めばやってくれるとは思うけど」


 カナメの思い付きのような言葉にオウカはうげっと悲鳴のような声を漏らす。

 なにしろレクスオール神殿の……それも護衛が務まるような人間は、ほぼ間違いなく筋肉の塊だ。

 見た目では分からないイリスが稀有なのであり、そのイリスは今回の戦いに間に合わなかった件を恥じて神官長をやめるだのと騒いだ挙句に、妥協案として副神官長をやっている兄にほとんどの業務を任せる準備を整えているらしい。


「……まあ、抑止力という点では正解なのかしら」

「かもね」


 そんな事を言いながら、二人は並んで歩く。

 カナメとオウカで二人きりというのは珍しく、オウカはカナメをちらりと見る。

 自分よりも少し高い身長。

 自分と同じ黒髪黒目、優しげな風貌。

 実際に性格はお人好し過ぎる程に優しく、時々心配にすらなるくらいだ。

 それでいて、秘めた力は信じられないくらいに大きい。

 弓の神レクスオールの力だというが、今ではそれを疑うことはない。

 あの如何にも「何処かの良い家のお嬢様です」といった風の……いや、実際に王女らしいが……そんなエリーゼに好かれているのも無理はない、とも思う。

 まあ、オウカ自身がカナメをどう思っているかというと「いい人だなあ」とか「ちょっとカッコよく思えてきたなあ」とか「大切にしてくれそうだなあ」とか……まあ、色々思ったりもするのだが、それはそれ。

 カナメ自身がそういう男女の関係的なものに消極的っぽいのも、オウカにはよく分かる。

 こうして男同士の友人みたいな関係のオウカに向けてくるカナメの顔は安心しきっており、何処となく子供っぽくもある。

 たぶん「そういう関係に進む」のが怖いんだろうなあ……と察してはいる。

 確かにそうなった時、色々とカナメを取り巻く環境に変化も出るだろう。

 そういうもので壊れた人間関係というのも、吟遊詩人の詩にはよく出てくる話だ。


「あー、今日も人集まってるなあ」

「そうねー。ていうか、あの地下遺跡への転送法がないってどうなのよ……」


 そんな事を言いながらカナメとオウカがエグゾードへと近寄っていくと……その眼前に、仕立ての良い詰襟の服を着た金髪の青年が立ち塞がる。


「突然のご無礼を陳謝する。その上でお尋ねしたい。貴殿はカナメ・ヴィルレクス殿で相違ないか?」

「え? まあ、はあ」


 金髪の青年はカナメからオウカへと視線を移し、またカナメへと視線を戻すとギリッと歯を噛み締める。


「え、えーと……?」

「……私はアークロット・ロウグリフ。フェクトゲル王国、ロウグリフ男爵家の次男だ」

「連合の国の一つよ。確か剣の国とかいう別名だったかしら」 


 囁くオウカにカナメは頷くと、出来る限りの笑顔を向ける。


「そのアークロットさんが俺に何の御用でしょうか? たぶん初対面だと思うのですが」


 問いかけるカナメにアークロットはゆっくりと深呼吸した後、周囲に響き渡る大声で宣言する。


「カナメ・ヴィルレクス殿! 私は貴方に決闘を申し込む!」

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