終わった戦い、始まる問題
戦いの終わった後の聖都は、ひどくざわついていた。
仕方のない事だ。全身が宝石のように輝くドラゴンが現れ、レクスオール神殿の神官騎士達が追いかけて行ったかと思えば、今度は彼等が鋼の巨人を連れて帰ってきた。何が何だか分からないというのが正直な感想であっただろう。
しかしながら巨大な全身鎧の騎士を思わせるソレは如何にも頼りがいがありそうで、神の遺した聖具ではないかという噂が広がり……聖都の外れに鎮座するそれに向けて拝む人間すら出ているほどだ。
そしてそれについて、聖都から見解を出すことは今のところない。
説明したところで、混乱が起こるだけなのは分かっているからだ。
ついでに言えば、レクスオール神殿の神官騎士達が到着した時には丁度終わったところだったという話も、わざわざする必要が無い。
……まあ、そんなわけでレクスオール神殿の神官長室には今、カナメ達が人間形態のシュテルフィライトと共にやってきていた。
何しろカナメの矢から解放された後、人間形態になったシュテルフィライトは一糸纏わぬ姿であった為、イリスや他の神官達のマントを貸して服のようにしていたのだ。
まあ、深緑色のそれを纏ったシュテルフィライトは如何にもレクスオール神殿の関係者に見える為、ヴェラール神殿に出入りするわけにもいかない。
尚且つ、レクスオール神殿であれば何があっても他の神殿より武力的な意味で対処がしやすい。
唯一問題があるとすれば……本やらなにやらで溢れたヴェラール神殿の神官長室と違い、このレクスオール神殿の神官長室は何もなさすぎるという事くらいだろうか。
立派だがシンプルなデザインの机と椅子が1セットあるだけで、他には何もない。
緊急で運ばれてきた椅子やテーブルを置いているが、それは逆に寒々しい印象を受ける。
実際、一般神官用の服を着せられたシュテルフィライトは不満気だ。
「つまらん部屋だな。建物もつまらん。要塞か此処は?」
「たいして違いはありません。有事の際に此処は要塞となりますから」
イリスの返答にシュテルフィライトはバカにしたようにハッと短い笑い声を漏らす。
「考えもつまらん。平時と有事の区別ができとらん。レクスオールはもう少し洒落た男だったぞ」
「……貴女が太古のドラゴンであるという話は聞いていますし、その姿も見ていますから疑いはしません。しかし、私達には私達なりの教義というものがあります」
「それだ。そもそも奴等が崇めて貰って喜ぶ連中か? 勝手な解釈を押し付けている気がするがなあ」
「貴女は……!」
「あー! イリスさん、まあまあ! ほら、相手はドラゴンだから!」
激昂しかけたイリスをカナメが慌てて椅子から立ち上がって抑えるが、イリスの不満そうな顔は変わらない。
まあ、不満そうなのは戦いに間に合わなかったからというのもあるのだが……それはさておき。
「とにかく、事情は理解しました。今後貴女はカナメさんに敵対しないということで宜しいのですね?」
「場合によっては喧嘩を吹っ掛けるがな。殺し合いをすることだってあろう。だが基本的には友好的に振る舞ってやるとも」
気分次第だ、と言うシュテルフィライトにイリスは青筋を浮かべるが、なんとかそれを抑え込む。
すでに戦いは終わっているし、友好的に振る舞うとも言っている。
それに何かを言うのは、事態をややこしくするだけだ。
「それで? わざわざそういう事を聞く……というのは、我がこの町に滞在してもよいということだな?」
「なんですか。おとなしくダンジョンの底に帰る選択肢があったのですか?」
「いいや、無いな。あそこはもう飽きた。それに折角レクスオール……ああいや、カナメがいるのだ。帰るなどとつまらん事をしたくはない」
そう言うと、シュテルフィライトはカナメをじっと見つめる。
「え? 俺? ケンカを毎日してくれとか言われても困るぞ……?」
正直に言って、もう一度やったところで今日と同じように勝てる自信はない。
もっと違う戦い方を要求されるだろうし、やる度に地形が変わりそうな気すらする。
そんな大ゲンカを毎日のように出来るはずもない。
「そんな心配はいらん。今はもう少し別の興味がある」
「別のって」
「ああ。お前、我の裸体を見て顔を赤くしていただろう?」
その言葉にカナメが思わずゴフッと変な声をあげ、女性陣が一気にカナメに視線を集中させる。
そう、人間体になる時シュテルフィライトは服を着ていない……全裸の状態だ。
更に言えば、かなりスタイルの良い女性の姿である上に肌も磨かれた宝石の如く……となればカナメの反応も仕方のない事ではあっただろう。
そもそもカナメ自身、そういう方向にはあまりにも耐性が無い。
エルには散々からかわれてはいるが、所謂ハーレム的な事態はカナメの生来の生真面目さもあって皆無と言っていい。
しかし、だからといってカナメが好かれていないとか男と見られていないというわけでは決してない。
エリーゼの好意が分かりやすいだけであって……まあ、それはさておき。
「昔のお前はそういう方面ではつまらん男だったが、お前はそうではなさそうだ。となると、なあ?」
「なあって……言われても」
突き刺さる針のような視線を感じながらもカナメがそう答えると、シュテルフィライトはカラカラと笑う。
「なあに、簡単な話だとも。我とお前で子を成すというのも面白いと思うのだが、どうだ? どんな子が生まれるか、非常に興味がある」
「却下ですわ」
「だね」
「です」
「問題外ですね、やはりダンジョンの底に帰った方がよいのでは?」
「つーかドラゴンと人間って子供出来るの?」
オウカのズレた疑問が全員に無視される中……カナメは遠い目で「えーと……出会ったばかりでそういう話はちょっと……」などと返していた。
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