宝石竜シュテルフィライト5

「く、うううううううっ!」


 華麗に蹴りを叩き込んだかに見えたエグゾードではあるが、その内部では凄まじいまでの揺れにオウカがゲッソリとした顔をしていた。


「き、きっつう……! 固定具がなかったら天井に頭ぶつけてるわよこれ!?」

「キツいのは私ですわ……! なんですの今の、魔力を大量に持っていかれましたわよ!?」


 その背後には青い顔をしたエリーゼと、そのエリーゼが「飛ばない」ようにしっかりと腕で抑えているダルキンの姿がある。

 エリーゼの手は大きな水晶……制御球コントロールオーブと呼ばれたものに添えられているが、そこにエリーゼの魔力がこの瞬間にも吸い取られているのだ。


「何ってエグゾードの武器よ武器! あいつ如何にも魔法に強そうだから、打撃でいかないと!」

「ただの飛び蹴りじゃありませんの!」

「ちっがーう! ゼノン・キック・インパクト! 立派な武装なの!」


 ワイワイと言い合いながらも、オウカの指は水晶板の上を滑りエグゾードが構えをとる。

 目の前には今地面に叩きつけたばかりのシュテルフィライトの姿があり、その眼前へとエグゾードは走る。

 基本的に金属の塊であるエグゾードに空を飛ぶような機能はついていない。

 出来るのは一時的に跳ぶ事だけであり、それも大量の魔力を消費する。

 遠距離武器もあるにはあるが、跳ぶどころではない大量の魔力を消費する。

 どれも魔人の馬鹿げた魔力あってこそのものであり、魔力が高いとはいえ普人のエリーゼに同様の事が出来るようなものではない。

 

「で、どうするのですかな? ドラゴンは未だ健在。なんなら私が外に出ますが」

「おじーさんはそこに居て! でないとエリーゼが頭ぶつけちゃうし!」

「そうですな。折角のドラゴンと斬り合う機会ですが……」


 不穏当な発言をするダルキンではあるが、実際エリーゼだけではなくダルキンの魔力をも制御球コントロールオーブに回している。

 オウカ自身の魔力もエグゾードの操作に使っているが……そうしてみると、この人造巨神ゼノンギアという兵器の無茶苦茶さが嫌でも分かる。


「いくわよ……! 術式解放オーダー、ゼノン・インパクト!」


 輝くエグゾードの腕が振るわれ、今まさに飛ぼうとしていたシュテルフィライトを吹き飛ばす。


「ぐ、うううううう! エグゾード……! この骨董品め、忌々しい!」


 無理矢理空へと舞い上がるシュテルフィライトを、オウカは舌打ちしながら見上げる。

 ああして空に飛ばれてしまうと、とれる手段が極端に少なくなる。

 人造巨神ゼノンギアとは、簡単に言ってしまえば「巨大な敵と殴り合う為の兵器」だ。

 避ける事が許されない時、押し留めなければいけない時。人の小さな体ではどうしようもない時。

 まさにそういう時の為に造られたものなのであると、嫌でも分かる。

 人造巨神エグゾードは……長時間の戦いをするようには出来ていない。


「そうよ、骨董品よ……」


 だから、オウカはシュテルフィライトを見上げる。

 長い眠りから目覚めたエグゾードの瞳を通して、シュテルフィライトを睨み付ける。

 その声はエグゾードに内蔵された拡声魔法を通して、シュテルフィライトへと届く。


「動かしてみて初めて分かったわ。これは強烈なまでの守護の祈りが込められたもの。アンタみたいな図体のデカい馬鹿に対抗する為の、苦肉の策」


 人の体では、巨大なドラゴンの体は支えられない。

 そのブレスを防げても、その突進を躱せても。その先にある町は守れない。

 そこにいる仲間すら、守れない。

 逃げてはならないから。戦うだけでは、どうしようもない時があるから。

 だから人造巨神ゼノンギアが……そして魔操巨人エグゾードは生まれた。

 巨体に巨体で対抗するという、ただそれだけの為に生まれたのだ。


「エグゾードは、本来なら目覚めるはずではなかった骨董品。アンタみたいなのが出てこなければ、あの場所で未来への礎になったはずだったのに」

「くだらぬ……!」


 吐き捨てながらも、シュテルフィライトはすでにオウカ達に意識を向けていない。

 確かに忌々しい。忌々しいが、カナメから目を離すわけにもいかない。

 人造巨神ゼノンギアなど、ただデカいだけの金属の塊なのだ。


「あんにゃろう……あれだけやってもこっち無視してるわね」

「……どうでもいいですけど、今この瞬間にも私の魔力は吸われてますのよ」


 背後から聞こえてくるエリーゼの恨みがましい声にオウカは「うっ、ごめん」と冷や汗を流しながら呟く。

 エリーゼからの魔力供給が途絶えては、十全に動かす事など出来ない。


「仕方ないわ! もう一回、キック・インパクトでぶっ飛ばすわよ!」


 そう叫んだ瞬間、エグゾードの内部から光が次々と消えていく。


「って、え!? 何!? ま、魔力不足!? って、ああっ!」


 振り返ったオウカの視線の先ではエリーゼが目を回しており、ダルキンが首を横に振る。


「魔力の使い過ぎですな、まあ休めば治るでしょう。ついでに言うと、私の魔力はエリーゼ殿程はありませんな」

「え、ええー……」

「こうなったら、私も出てきましょう。いやあ、年甲斐もなくワクワクしますな」


 背中の入り口を開けて出ていくダルキンを見送りながら、オウカは自身の魔力で稼働している正面の水晶板に映る光景を眺め溜息をつく。


「あー、もう! 折角恩返しできるチャンスなのに!」


 空中戦を繰り広げるカナメとシュテルフィライトを見つめ、オウカは水晶板に触れる。


「……このまま、終われるもんか」


 そんな、オウカの呟きに気付かぬまま……二人の戦いは、終局へと向かっていた。

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