飛ぶ者達

 一人は、自分に使える唯一の魔法で跳んだ。

 一人は、そうなると予測して屋根へと跳び、そこから更に跳んだ。

 ドラゴンの前足に掴まれた彼を、そのまま行かせない為に。たった一人にはしない為に。

 人では生涯見ることは叶わぬであろう「大空を飛ぶ」感覚を恐怖とも感じないままに、アリサとルウネはシュテルフィライトの後ろ足にしがみ付いた。

 そして当然、それをシュテルフィライトも気付いている。


「く……はははっ! 我に飛びつくとはな。カナメよ、アレはお前の女達か!? 昔と比べ随分満喫していると見える!」

「なっ……アリサ! ルウネ!? どうして……」


 シュテルフィライトの足にしがみ付く二人に気付き、カナメは思わず蒼白になる。

 巻き込まない為にシュテルフィライトの誘いに乗ったのに、これでは意味がない。

 いや、それ以前にあんなところにしがみ付いていて危険では無いはずがない。

 だというのに、何故。

 

「くふふ……安心せよ。振り落とすような真似はせぬ。力尽きて落ちても助けはしないがな」

「くっ……!」


 攻撃するわけにもいかない。飛竜騎士の矢ドラグーンアローは、今は持っていない。

 今のカナメには、2人を助ける手段が無い。


「今すぐ下に……!」

「くふふ、断る。なあに、心配せずとも戦場まではすぐにつく。この聖国とやらは人が少ないからな」


 そう、シュテルフィライトは速い。馬車など余裕で置いていく速度で空を飛行するその姿は、あのレッドドラゴンなど及びもしない優雅さがある。


「大体お前は何なんだ……好敵手って、もうゼルフェクトはいないんだぞ!?」

「お前、か。ハハ! いいぞ、昔のお前らしくなってきた! そうとも、ゼルフェクトはもう居ない! 余程の阿呆を仕出かさねば復活する様子もない! なんと伸びやかな気持ちだ!」

 

 本当に気持ちよさそうに笑うシュテルフィライトにカナメは混乱する。モンスターは……ドラゴンであるシュテルフィライトも、ゼルフェクトが世界破壊の為に生み出した物のはずだ。だというのに、この態度はなんだというのか?


「その様子は、本気で我の事を忘れたか! まあ良い、まあ良い。ならば教えてやろうとも! お前達がモンスターと呼ぶ我等はな……ゼルフェクトの事が大っっっ嫌いなのさ! ははははははは!」

「な……」


 なら、何故。何故、モンスターは人間と戦ったのか。ゼルフェクトが嫌いだというのであれば、モンスターと人間の共闘だってあったはずだ。なのに、どうして。 

 そんなカナメの動揺を悟ったか、シュテルフィライトは笑う。


「疑問か!? そうだろうな! だが答えは簡単だ! アレは囁くのさ! 殺せ、壊せ、全てを破滅させろとな! 逆らえん重圧だ……逆らえば気が狂わんばかりに頭の中に命令が響き渡る! 自分らしく生きる術は、破壊の中にしか無かったのだ! たとえその先が我等も含む破滅であろうともな!」

「そ、んな。で、でも! だったらなんで今もモンスターは人間と戦ってるんだ!」

「それも簡単だ! 今の連中はゼルフェクトを知らぬ! ゼルフェクトこそ自分達の神と盲信している! 先達の助言すら耳に入らぬ程にな!」

 

 あるいは、破壊の先にこそ幸福があると信じて生まれてきているのか。そんなもの、シュテルフィライトには興味がない。


「安心せよ! 人間とモンスターの和解など、未来永劫有り得ぬ! ゼルフェクトから生まれ続ける限りはな!」


 笑うシュテルフィライトに、カナメは思う。

 あの男は……クラートテルランは「どっち」だったのか。

 シュテルフィライトと同じく、昔から生きていたのか。それとも、新しくダンジョンから生まれたのか。

 邪妖精イヴィルズとの混血によって生まれた灰色の御子グレイ・チャイルド……アロゼムテトゥラを擁していた「ゼルフェクト神殿」は、やはり和解の可能性の無い敵なのか。


「おや、急に黙ってしまったな。どうした?」

「……ゼルフェクトは、絶対に復活しない」

「ほう」

「俺が止めてみせる。俺が居なくなった後も、そうなり続けるようにする」

「ほう!」

「……それでもまだ、俺とお前が戦う理由があるのか?」


 それは、確かめるような言葉。

 クラートテルラン達との時には思いつきもしなかった、和解の可能性。

 だがそれを、シュテルフィライトは笑い飛ばす。


「は……はははっ! 面白いがな。我に言う事を聞かせたければ、まずは勝ってみせろ! 話はそれからだ!」

「結局そこにいくのかよ……!」

「すまんな、我はアルハザールと同じくらい戦いが好きなのだ! だが安心せよ、我は前のレクスオールよりお前の方が好感が持てるぞ!」

 

 言いながら、シュテルフィライトは……ふわりと、地面に舞い降りる。

 ゆっくりと、優しく……後ろ足が地面につくギリギリのところで浮遊し、アリサとルウネを見下ろす。


「ほれ、降りよ女共。カナメの好漢ぶりに敬意を表し、我も配慮というものをしようではないか」


 だが、アリサもルウネもシュテルフィライトを見上げたまま離しはしない。

 その様子を見て、シュテルフィライトは更に笑う。


「ハハハ、ハハハハ! 降りても良い! ここが決戦の場だ!」


 周辺に民家の一つもない草原。

 遠くに巨大な平べったい岩が見えるその場所で……カナメと宝石竜シュテルフィライトの戦いが、始まろうとしていた。

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