現れた女

 カナメが慌てたようにヴェラール神殿の前に出ていくと、そこには武装したヴェラール神殿の神官騎士達と……囲まれた一人の女が居た。

  虹色に輝く長い髪と、猫を思わせる翆色の目。襤褸の服と鎧を纏った剣士の女はカナメを見つけると一瞬嬉しそうな顔をした後、すぐに訝しげな顔になる。


「お前は……レクスオール、か? いや、しかし……記憶と違う」


 離れていても響く声に、カナメは一瞬で警戒を最大まで高める。

 カナメではなく「前のレクスオール」を確実に知っている。

 そんな女が、見た目通りの何かであるはずがない。

 神か、あるいは他の何かか。判別はつかないが……今暴れていないから友好的だというのは甘い考えだろう。


「俺はカナメ・ヴィルレクスです。貴女は誰、ですか?」

「我が呼んだのはレクスオールだ。お前は違う。違う、が。そうとも言い切れない何かを感じる。なんだお前は。何故お前からレクスオールを感じる」

「おい、動くな!」

「邪魔だ」


 女の腕の一振りで神官騎士達が弾き飛ばされ、その一瞬で女は距離を詰めてくる。


「……!」

「やはりだ。お前からはレクスオールを感じる。そして、その弓。勘違いではない、姿は違うがお前はレクスオールだ」

「だから、貴女は誰なんですか……!」


 カナメにくっつきそうな距離で女は笑い……カナメの再度の問いかけに、ようやく思い出したように「ああ」と声をあげる。


「我か? そうか、姿が違うのであれば記憶も違うであろうな。道理だ」


 声をあげて笑い、女は一瞬で真面目な顔になる。


「ならば自己紹介しよう。我が名はシュテルフィライト。以前のように、気軽にシュテルと呼ぶが良い」


 シュテルフィライト。確か聖国に伝わる神々の中には、その名は無かったはずだ。

 イルムルイのように伝わっていない神という可能性も充分にあるが……気軽に愛称を呼ぶ仲ということは、そういう友好的な関係だったのだろうか?

 だが、今の神官騎士達を弾き飛ばしたところを見る限り「そう」とも判断しがたい。


「俺はレクスオールの力を持ってはいますが、カナメという名前があります。たぶん、貴女の……シュテルの言うレクスオールとは別人です」

「ああ、我の目とて節穴ではない。お前が別人であることくらい理解できる。だが、同じくらいにお前がレクスオールであることも理解できる」


 確かに、レヴェルもヴィルデラルトも、ルヴェルもディオスもカナメを「レクスオール」だと判断した。

 カナメがレクスオールの転生した姿だというのであれば……確かに、そういうのが彼女に分かるというのも理解できる。

 だが、問題は。


「あの、シュテルさん。質問しても?」

「良いとも。なんだ?」

「レクスオールと貴女の関係。それと、貴女が何処の誰であるのか……です」

「ふむ」


 シュテルは何かを考えるかのように黙り込み……次の瞬間、腰の剣に手をかけ一気に抜き放つ。

 攻撃してくるのか、とカナメは身構え……しかし、次の瞬間にシュテルは跳ぶ。

 ギイン、という音が鳴るとともに何かが交差し……二つの人影がそこに降り立つ。

 片方は、古びた剣を構えたシュテル。そして、もう片方は……大鎌を構えたレヴェル。

 厳しい表情のレヴェルは大鎌をシュテルへと向け、叫ぶ。


「シュテル! 貴女……生きてたのね!?」

「そういうお前はレヴェルか。少し見ぬ間に随分と弱くなった。いや、元々弱かったか?」

「まだレクスオールに固執してたのね……!」

「当然だ。死んだと思っていた好敵手が生きて……いや、別人なのだったか? とにかく居ると分かって我慢できる程私は満ち足りていないのでな」


 睨み合う二人を前に、カナメはどうすればいいのかと考えを巡らせる。

 突然乱入してきたレヴェルを前に神官騎士達もこの状況で手出しするべきか判断できずにいるようで、助けを求めるような目がカナメに注がれている。

 更によく見ればあちこちにメイドや執事のような姿の者達が展開しているのすら見える。

 彼等の多数の視線に射抜かれて、カナメは恐る恐るといった様子で二人に声をかける。


「えっと……俺、まだ状況分かっていないんだけど。結局そこのシュテルさんはなんなんだ?」

「敵よ」

「好敵手だ」

 

 どちらの意味でも敵っぽいのだが、イルムルイのように話が通じないわけでもなさそうに……見える。


「俺を探してたみたいですけど、用件を伺っても?」

「ん? そうだな。用件か、簡単だ」


 レヴェルの繰り出してくる鎌を片手で捌きながら、シュテルは笑う。


「私 我と戦え、レクスオール……いや、カナメ」

「ダメよ、カナメ! こいつは古のドラゴンよ! こいつの言う「戦う」っていうのは……!」

「ふむ」


 シュテルの振った剣がレヴェルの鎌を弾き飛ばし、次の瞬間には足をかけて転ばせ剣を突きつけていた。


「言いたいことは分かるぞ、レヴェル。だが我とて分別はある。この街全てを破壊しようなどとは思っておらん」


 そう言うとシュテルは剣をポイと投げ捨てる。レヴェルの鎌に耐えたのであれば相当の名剣だろうに、躊躇した様子すらない。


「……だから、カナメだけ貰っていこう」


 シュテルの身体を覆う鎧と服が弾け、その肌が半透明の物質に変わっていく。

 背中に生えた翼が広げられ、その身体が肥大化する。

 人ではないモノに、シュテルが変わっていく。


「この場で抵抗しても構わんが……その時は、この場が戦場になると心得よ」


 躊躇もなく聖都を人質に取り、煌く竜はそう告げる。


「さあ、行くぞカナメ。誰の邪魔も入らぬ場所で戦おうではないか」

「待ちなさ……っ!」


 叫ぶレヴェルをそのままに、カナメを掴んだシュテルは空へと舞い上がり飛び去った。

 ……その足の先に、カナメとは違う更に二人の人間をくっつけて。

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