古の巨神伝説7

「え、ちょっとカナメ……何その矢」


 目の前に現れた引き戸が理解できず、アリサは呆然とした様子でそう問いかける。

 知られざる扉の矢ハセルドアアローはドアと同化でもしたのか消えてしまっているが、引き戸は相変わらずそこにある。


「えーと……隠し扉を材料にしたら出来た、みたいな?」


 そうとしか説明しようがないが、それを聞いてアリサは思わず天を仰ぐ。

 カナメの能力が底知れないのは分かっていたが、そんな問答無用な事が出来るとまでは思っていなかった。

 そもそも「隠し扉を材料にする」という時点でカナメはあらゆる防御手段を無効に出来ると宣言したに等しい。

 仲間内だから油断しているのかもしれないが、明らかに他国の権力者に知られてはいけない能力だ。

 単純に戦闘能力で秀でていると思われるよりも更にタチが悪い。

 

「帝国で色々あって、って。そんなもん作るところを帝国で披露したってことだよね!?」

「いた、いだだ! 耳! 耳引っ張るなよ!?」

「誰に見られたの!?」

「だ、大丈夫だって! ほら、アリサも前に会っただろ!? ダリア……」

「特務騎士じゃん! なんでそうすぐ他人を信用するの!」

「うがががが!」

 

 耳を引っ張られるカナメが千切れると言い始めた辺りでルウネが止めに入り、カナメは耳を庇うようにアリサから距離をとる。


「ダ、ダリアは普通にいい人だと思うぞ? それに、前にあれだけ俺の戦うところ見せてんだから今更じゃないか?」

「感情と仕事は別でしょうが! あと今の矢は特にダメ!」

「あー、ちょっと。ケンカしてるなら先に入っていい?」


 カナメとアリサの間にオウカが割って入ると、アリサは「後でちゃんと話するからね」と言って咳払いをする。


「……まあ、今やることじゃなかったね。行こうか」

「あ、ああ」


 開いたままの扉の奥は真っ暗で、明かりもない。

 真っ先に飛び込みそうなオウカがそうしなかったのは、一寸先も見えそうにないその場所のせいもあったのだろう。


「えっと……明かりとかって」

「ランタンがいいと思うぜ。古代の代物だ。魔法の明かりに何か妙な反応を示さないとも限らない」

「持ってこさせよう」


 カナメとラファエラの会話に、セラトが指を鳴らし……すぐにバトラーナイトらしき男がランタンを持って現れる。


「よし、ではカナメにこれは渡しておこう」

「あ、はい。俺が先頭でいいんですか?」

「君以上に適任は見当たらんな」


 確かに魔力障壁マナガードがある以上、何かがあった時に一番対処できるのはカナメだ。

 広げて全員を守る事も不可能ではないが隙はどうしてもあるし、防御力も下がる。

 だからカナメは頷き、ランタンを受け取る。


「確かに、俺が一番適任ですね」

「ああ」


 火の灯ったランタンを掲げ、扉の奥へと進む。

 カツン、カツンと歩く足の音がコオン、という音に変化する。


「これって……金属床?」


 足元に視線を落とし、すぐに前へと向き直る。

 長い期間入る者がいなかったであろうにも関わらず、埃一つ落ちていない床は何かの魔法がかかっているのだろうか……劣化どころか美しく輝いている。

 広い空間は何処まで続いているのかも分からず、ランタンの明かりでは照らしきれない。

 これではまともな探索すら出来そうにはない。やはり危険でも魔法でどうにか……と。そう考えたその時、視界の隅に何かが映る。


「あれ? これって……」


 水晶版を埋め込まれた小さな四角い柱のようなソレを見て、カナメはパソコンやタッチパネルを連想する。

 しかしこんな世界にそんなものがあるはずはない。勿論キーボードの類など何処にもない。


「……まさか、触れたら動いたりしないよな」

「ちょっと、何見つけたの!?」

「うわっ!?」


 背後からやってきたオウカに押されるようにしてカナメはよろけて、その何かに触れてしまう。

 それで何かが起動する……ということは無かったが、それを想像してカナメは心臓をドキドキさせながらもオウカに抗議の声をあげる。


「な、ななな……何するんだよ! 危ないだろ!」

「私を置いて一人でサクサク進むからでしょ! 声かけてよ!」

「あー、いやそれは……ほら、安全とは言い切れなかったし」

「この手の場所に罠があるなら、最初に貴方が歩いた時点で発動してるわよ!」


 抗議の声をあげていたオウカだが、すぐにカナメが触れているものに気付き目を丸くする。


「なんか変なものあるわね。何それ?」

「え? オウカも分からないのか?」

「そもそも、古代の遺跡なんて見つかった事例がないもの。でも、これ……」


 ペタペタとオウカが触れているのを見て、他の面々も……いや、ルウネはいつの間にかカナメの側にいるが、とにかく他の面々もランタンをもう1つ持って遺跡の中へと入ってくる。


「それは?」


 セラトの問いに、柱に触れていたオウカは「んー」と唸る。


「たぶん、だけど。魔力で動く類のものだと思う。ちょっと流し込んでみてもいい?」

「え、それって大丈夫なのか?」

「大丈夫よ、たぶん」

「たぶんって」

「あーもー。男の癖にグダグダ言うんじゃないわよ。こういうのは挑戦した奴だけが勝利者なのよ」

「『手』を鋳つぶして俺作ったりな」

「うっさいわよクラーク! えい!」


 カナメとクラークに反論しながらも、オウカは柱に魔力を流す。

 そして、その瞬間水晶板に赤い光が灯り……何かの文字のようなものが表示される。


「これって……共通語だよな」

「魔力不足? 嘘でしょ、結構流したのよ」


 言いながら、オウカはカナメを見る。その視線の意味を察して、カナメも柱に手を触れる。


「……まあ、じゃあ少しだけ」

「思いっきりやりなさいよ」

「いや、それはちょっと」


 そんな事をしたら何が起こるか分からない。

 カナメはあまり流し過ぎない程度……と意識しながら魔力を柱へと流す。

 そのカナメの魔力に応えるように水晶板の光が黄、そして青へと変わり……その瞬間、暗闇に閉ざされていた遺跡が一気に明るくなる。


「こ、れは……まさか、こんなものが地下に!」


 闇の祓われた遺跡の両壁に佇むもの。それは……幾つかの、巨大な人型の何かであった。

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