古の巨神伝説5

 久々に訪れたヴェラール神殿の神官長室は、相変わらず重苦しい部屋だった。

 癒しという雰囲気からは遠く離れたその部屋はしかし、ある種の人間には逆に安らぎを齎すらしく……今代の神官長は幸いにも、そういう人間であるらしい。

 そんな神官長のセラトは、カナメ達を前にこう切り出した。


人造巨神ゼノンギアとやらの話は聞いている。その上で言おう。我々はそんなものは見たことが無い」

「そ、うですか……」


 カナメは少し残念そうに返すが、セラトは「だが」と続ける。


「遺跡、という話であるのならば心当たりはある。それが人造巨神ゼノンギアのものかどうかは分からんがな」

「未探査ってこと?」

「その通りだ」


 アリサの問いに、セラトはそう答える。

 あると分かっているのに探査していない。それが非常に奇妙な事に思えて、アリサは眉を顰め……全く遠慮しないオウカが口を開く。


「なんで探査しないのよ。おかしくない?」

「耳の痛い話だが、当然理由はある」

「理由ってなによ」

「入れないのだ。いや、正確には入る為の扉を開けられんのだ」


 扉、つまり鍵。全員の視線が鍵開け技能を持つアリサに向くが、アリサは「いやいや」と言いながら苦笑する。


「私に期待してるんなら困るよ。そりゃ私も鍵開け技能は持ってるけど、本職程じゃないんだから。たぶん、そっちには頼んでるんでしょ?」

「ああ。特に口の堅い者を選んで挑戦している……が、どの罠士も匙を投げたと聞いている」

「聞いている、てことはここ最近の話じゃないわけだね」

「その通りだ。聖国が出来て以来挑戦し続けているが開かぬ。そういうレベルの話ということだ」


 今ではその扉を聖域の扉と呼んでいる、と。そう言うセラトにラファエラは興味なさそうに「へえ」と相槌を打つ。


「でも開かないって……どういうことなんでしょう。ダミーの扉だとか鍵穴だとか、そういうことじゃないんですよね?」

「分からん」


 呪いの逆槍の事を思い出しながら聞くカナメに、セラトはそう答える。


「鍵穴はある。そこをどうにかすれば開くらしい事までは分かっている。が、それが正しいかどうかすらも誰にも検証できんのだ」


 なにしろ、開かないのだ。それをどうにかすれば開くというのが正解であるかどうかすら、誰にも判別できはしない。

 そして「その先」に何があるのかも、当然分からない。

 「聖域」と呼ばれるようになった一因は、そんなところにもある。

 それはある意味で、諦めの境地とすら言えるだろう。


「……えーと」

「ん?」

「レクスオール神殿の人に全力で殴ってもらうというのは」

「一度当時の神官長にやらせたことがあるそうだが」

「はい」

「扉から謎の反撃がきて、危うく全滅するところだったと聞く」


 セラトの返答に、カナメはゴクリと喉を鳴らす。

 そういう機能があるのでは、イリスを呼んできて壊してもらうという案は無しだろう。

 勿論カナメの魔力障壁マナガードで守るが、それで防ぎきれるとも限らない。

 もし本当に聖域と呼ばれるような……たとえばディオスが関わっているようなものであれば、それこそカナメでは抵抗できないかもしれない。


「となると、なんとか正攻法で開けるしかないってことですか」

「そういうことになるな。無論、その先にあるのが人類に利益を齎すものとも限らんが」

「え」

「たとえば危険な物を絶対に開かぬ扉で封印したという可能性も、当然ある。開けた途端にそれが溢れ出てきたとて不思議ではない」


 パンドラの箱、という言葉をカナメは思い出す。

 開けたら災厄の飛び出してきた、開けてはならぬ箱。

 そういうモノではないという保証は一切ない。

 ラファエラの予想はあくまで予想であって、人造巨神ゼノンギアの封じられた遺跡だという確実な証拠は何もないのだから。


「……だが。それでも開けるならば今なのかもしれん」


 開けるべきではないのかもしれない、と思い始めたカナメとは逆にセラトはそう言い放つ。


「なにしろ、今は君がいる。これは過去には無かった条件だ」

「それは……期待が、重いですね」

「フン、何を言う。君に比肩する人間がホイホイ出てくると思う程、俺は楽天家ではないぞ」


 確かに、神の武器を持つ人間などというものが簡単に出てくるはずもない。

 レヴェルは例外そのものだし、英雄王の再来が今この瞬間に現れるというようなことだって、可能性は極めて低いだろう。

 と、なると……もし扉の先から何かが出てきたとして、対処できるのが今であることは疑いようもない。


「では、早速行くとしようか」

「早速って。やっぱり聖都の何処かに?」

「ふむ」


 立ち上がったセラトは、指先でクイと下を指差してみせる。

 その先を視線で追い……カナメはまさか、と思う。


「件の遺跡は、地下にある」

「地下って、まさか」

「そのまさか、というやつだ」


 そう、この聖都に存在する過去の遺物は、確かに大神殿だけではない。

 見つかっていながら、その存在を秘匿され続けている遺跡……「聖域」は、地下にある。


「このヴェラール神殿の地下に聖域の扉はある。これは聖国の抱える国家機密だ……外で吹聴するなよ?」

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