地の底より出でて
そこにあったのは、廃墟。
焼け焦げた跡と、石造り故に残った建物。
とても人が住んでいるとは思えないその場所を見回し、それは……女は、呆然とした顔をする。
おかしい。「あの戦い」は終わったはずなのに、何故このような光景があるのか。
まさか自分のような者が一足先に出てきて暴れているというのだろうか?
有り得ない話ではない。自分よりも下位の連中は、もっと簡単に地上に出るだろう。
そうした連中が地上で暴れたところで不思議ではない。
「おい、貴様! そこで何をしている!」
「む?」
聞こえてきた声に振り向けば、遠くの方から鎧を着た普人が走ってくるのが見えた。
アレが騎士とか兵士と呼ばれる類のものであることを思い出し、女は良い情報源だと表情を緩ませる。
騎士や兵士は規律を重視し、とにかく真面目な者が多かった。
その分頭が固かったが……と、女は懐かしい気持ちになる。
とにかく、情報源としては最適だ。
「何と言われてもな。ダンジョンから出て来ただけだが」
「なに……? 貴様、冒険者か。まだ国内に居たとはな」
冒険者。その言葉の意味は察するに「挑む者」といったところだろう。
つまりダンジョンに潜っている人間の事をそう呼ぶのだと理解し、女は頷いてみせる。
「そんな事を言われてもな。随分長い事潜っていたから世俗の事は分からん」
「はあ?」
何を言っているんだ、という顔で見ながらも兵士の視線は女の服へと移っていく。
服というよりは襤褸に近い、しかし確かに冒険者が好む分厚い服と、古臭いがしっかりとした造りの胸部鎧。提げている剣は鞘に入っているので分からないが、安物では無さそうだ。
まあ、全体的に骨董品という感じが拭えないが……それが逆にベテランの雰囲気を醸し出している。
何処の出身か知らないが派手な色の髪もまた目を引いた。
「そうか。まあ、その服を見る限り嘘では無さそうだな……だが今は冒険者の立ち入りは禁止されている。故に、中で手に入れたものがあるのならば供出を命じている……んだが」
そこまで言って兵士は、襤褸を纏った女に再度視線を送る。
襤褸の服と、モンスターの体液によるものと思われる無数の汚れ。
激しい戦いがあったことを感じさせはするが、荷物袋の類が一切ない。
襤褸の服には何かを隠せるような場所も無く……ハッキリ言って、一文無しにしか見えない。
「どうした」
「どうしたって……こっちの台詞だぞ。貴様、荷物袋はどうした」
言われて女は何を言っているか分からずに首を傾げ……やがてその意味を理解し「無くした」と適当な嘘で答える。
「無くしたぁ?」
「ああ。だから戻ってきたんだ。合理的だろう」
咄嗟に言った割には合理的な嘘だと女は思ったのだが、兵士は胡散臭そうな顔を女に向ける。
兵士からしてみれば、「なんか怪しい」としか思えない。
しかし近くに仲間がいる様子もないし、ダンジョン内の定時探索や警備でも人の出入りの跡も何も見つかっていない。
更に言えば、即時拘束する程の理由も見当たらなかった。
「それより、この惨状はどうしたことだ?」
余計な事は言わずに、女はそうとだけ聞く。
世界情勢を知らない以上そう聞くしかないのだが、幸いにも兵士はそれに不審は抱かなかったようだ。
「どうもこうもない。反逆者共が占拠した町とダンジョンを奪い返した結果だ。反逆者に加担した者共は処刑し、利益を齎した冒険者共も国外追放にした。その様子だとお前は加担していなかったようだが……まあ、上がどう判断するか」
なるほど、と女は思う。
つまり人間同士の内輪揉めでこうなっているのだ。
分かってみれば愚かしいが、戦う事で問題を解決するというのは好ましい。
好ましいが……関わるつもりも無ければ関わっている暇もない。
先程感じたレクスオールの気配はもう何処から来たのか分からないが、探さなければならない。
「……なあ、おい」
「ん? なんだ」
「我はレクスオールに会いたい。何処に行けばいい」
「レクスオールゥ?」
問われた兵士は困惑する。
レクスオールに会いたいなどと言われても兵士だってそんなもの知らない。
しかしこうして当然のように聞くからには、会話として普通の何かなのかもしれない。
必死で考えて……兵士は、それを思い出す。
「あ、ひょっとしてアレか。レクスオールが現れたとかって噂になってるやつ」
「やはりか! 何処だ!?」
「うお!? た、確か王国だとか聖国だとか」
そんな事を言われても女には分からない。
分からないが、そんな事を聞くわけにもいかない。
恐らくそれは現代の常識であるからだ。
だからこそ、女は聞き方を変える。
「そうか。方角を教えてくれ。そこに行く」
「何? いや、待て。お前には本部に来て貰わないと」
「興味ない。それより方角だ。たぶん聖国だろう。「聖」ってついてるしな」
「いや、だからまずはだな」
困った奴を見るように兵士は女に手を伸ばし……そこで、突然下がった気温にゾクリとする。
いや、下がったのは気温なのか? 幾ら夜中とはいえ、いきなり気温だけが下がるものなのか。
それとも、下がったのは。
「……興味ないのだよ。我は物分かりの悪い奴がな……大嫌いだ」
「お、あ……」
「久方ぶりに苛々したぞ。おまけに、そんな鉄屑を着込んで一人前気取りで……平和ボケもいい加減にしろ」
ゆらりと……ゆっくりとした動きで女の手が兵士の首にかかる。
「……で? 聖国はどっちの方角だ」
「あ、あ、あああ……」
震える手で一つの方角を指差す兵士の指の先を見て……女は、ようやく満足そうに微笑む。
「そうか。最初からそうすればいいんだ。ああ、ああ。素直なのは良い事だ。弱者が生き残る秘訣だからな」
身を翻して歩き出す女を、兵士は呆然としたような表情のまま見送る。
殺されると思った。
殺されたと思った。
絶望的なまでの格の差を魂の奥底に植え付けられたかのような、そんな恐怖。
震える事すら許されなかった恐怖は……それが女が遠ざかると同時に薄れる事で、ようやく「震える」ことを許す。
ぶくりと、大きな泡を吐いて。兵士の男は、その場に崩れ落ちていた。
……これは連合の中の一国、トルチャウム王国にあるダンジョン「輝きの園」での出来事。
カナメがゲーテスの街の地下で二柱の神の残響を喚び出した、その日の話である。
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