地の底にて蠢くもの
輝きの園。そう呼ばれるダンジョンの奥で、それは目を開いた。
眠り始めて、もう何年たっただろうか。
それの感覚からしてみれば本来は数年の時間など一瞬にも満たないものだが……言ってみれば、飽いていた。
暇がどうこうという話ではなく。ただ単純に、世の全てに飽いていた。
トゥーロとかいう男と戦った時には楽しかった。
死の直前まで追い込まれ、それでも何とか追い返した。
あの当時は死ぬなど御免だと思っていたものではあったが、思い返せばあの時は楽しかった。
敬愛し忌み嫌うゼルフェクトと神々の争っていた時代……その頃を思い出すような、そんな戦いだった。
そんなものを楽しめるということは、やはり自分もまたゼルフェクトの子なのであろうとそれは思う。
……まあ、アレはそちらの意味においても唾棄すべきものなのだが……それはさておき。
「……地上は今、どうなっているのか」
あの狂った戦いから、もう人間の感覚では遥かな時が過ぎている。
トゥーロのようにそれの下に現れる人間も久しく現れず、たまに上の層に出てみればロクな人間が居ない。
この場所を寝床と定めてみたはいいが、争いの場であるはずの此処で成長し辿り着く人間が一人も存在しないというのはどういうことなのか。
あの時代を「狂った」と表現できる程にそれの心は凪いでいたが、闘争本能だけはどうしようもない。
そうあれ、と創られた存在理由であり、たとえ穏やかな日々というものの意味を理解しようとも、衝動のように訪れる本能なのだ。
そう、有り体に言えば……飢えている。満たされぬ欲を抱えるが故に、それは飢えている。
「……」
ゆっくりと、それは起き上がる。
周囲を見回せど、適当な「的」は存在しない。
この階層に存在する雑魚共は見つける側から狩っているが、とても足りない。
図体と本能ばかりで頭が足りず、突っ込んでくるだけの阿呆共。
少し「寝かせ」れば知恵をつけるのかもしれないが、そこまで我慢できない。
ならばどうするか。
また上にでも行ってみるか、それとも下に潜ってみるか。
そう考えた時……それは、何かに気付くようにとある方向へと首を向けた。
「……これ、は……」
それは、魔力。遠吠えにも近いような、世界に響く魔力。
それが魔力に特に敏感で無ければ気付かないようなその魔力の正体を、それは知っている。
「レクスオール、か! は、ははは……ははは! あははははははは!」
笑う。それは笑う。
異形のその顔を、歓喜に歪めて笑う。
「レクスオール! レクスオール! 忌まわしき我が仇敵! 愛しき我が旧友よ! 届かぬ遥かへ旅立ったと思っていたが、ははは! 生きていたのか!? それとも我に理解できぬ不可思議の力で舞い戻ったか!」
それの身体から、魔力が湧き出る。それは歓喜ゆえか、それともその特徴的な身体故か。
そう……それの身体は実に特徴的だ。
つるりとしたその表面は、磨き抜かれた水晶のよう。
半透明でありながら虹色に輝くその身体は、その内面を見せる事はない。
巨大な翼に、大きな顎。その姿を端的に表すならば……鱗なき虹水晶の竜。
「そうか、そうか! 戻ってきたのかレクスオール! ならば我もこのような場所で隠居している場合ではない!」
走る。ズン、ズシンと。その巨体を軽やかに動かし、水晶竜は輝きの園の中を走る。
行くのだ。行かなければならない。
求め続けたものがある。
この飢えを満たしてくれるものがある。
レクスオールがいるのだ。
いや、レクスオールがいるということは、他の神もいるかもしれない。
あの粗暴なアルハザール、「冷静なる智」というものの体現者たるディオス、自分に破壊以外の感情を植え込んだ未知なる力を持つカナン、何度も隙を見ては殺そうと狙ってきた小さなレヴェル。
彼等の力はまだ感じないが、やはり居るのだろうか。
楽しみだ、楽しみだ。
ゼルフェクトが蘇っていないのは、それ自身がよく知っている。
ならばもう、破滅の為の殺し合いなどする必要はない。
もっと純粋な、もっと素晴らしい戦いを楽しめる。
ああ、なんと楽しみなのだろう。
そんな歓喜の感情と共にそれは出会うモンスター全てを粉砕しダンジョンを進む。
その姿はゴキゴキと音を立てて変化し、人のような姿へと変わっていく。
落ちていた骨から襤褸の服と鎧を剥ぎ、纏って。使いもしない剣をついでに剥いで提げ、人間を気取る。
少しばかり不格好だが、これでいいとそれは頷く。
虹色に輝く長い髪と、猫を思わせる翆色の目。すらりと伸びた長い手足は、それの持つ宝石を思わせる美しい肌を見せつけるように煌く。
派手な外見と襤褸の服のアンバランスさが奇妙な魅力を醸し出す、そんな美女の姿に変じたそれは笑いながらダンジョンを上へ、上へと爆走する。
一人の人間もいない事を不思議に思う心の余裕すらもなく、それはダンジョンの地上階まで一気に駆け登って。
「……なんだ、これは」
目に入ったものは……荒廃した、地上の光景だった。
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