その頃のラファエラ

 カナメ達がヴァルマン子爵領に入っていた、その頃……一人の女が、聖国の中をフラフラと旅していた。

 東へ西へ、南へ北へ。あちこちへあても無く聖国漫遊でもしているかのようなその女の姿は、一度見れば中々忘れない程度には特徴的だ。

 というのも、その長い耳。魔人の代名詞とも言えるソレをピクピクと動かしながら、その女……ラファエラは歩く。

 その手にあるのは大きな水晶玉のようなもので、ラファエラが魔力を流す度に明滅するような反応を繰り返す。

 ピイーン、ピイーンと規則正しく繰り返す音もまた同じであり、ラファエラは心の底から面倒そうな顔をする。


「ふーむ。ジキナイト王国が当たりかと思ったけど、この反応……引き返してきて正解だったな」


 その水晶玉は、ラファエラが戦人の隠れ里で見つけてきたものだ。

 魔力を流さなければ反応しない物ではあるし、しかもかなり魔力をドカ喰いするので長時間の起動も中々出来ないが……それでも、これが無ければラファエラの望むものは見つからない。


「たぶん、こっちの方だと思うんだがなあ……うーん」


 ウロウロしながら反応を確かめても、然程音も光も変わったように見えない。

 ラファエラの確認している事は単純で、音と光の大きい方角を探しているのだ。

 しかしそんなもの、その場でグルグル回った程度で分かるものでもない。

 そして更に言えば、ウロウロするラファエルが面白いのか周辺の農家の子供がラファエラを遠巻きに見ているのが見える。

 この辺りは聖国の食を担当する農業区域だが、それ故に娯楽の類とは縁遠いのどかな場所だ。

 当然、子供達も辺りを駆け回る元気な野生児もどきが多いし、それでいて聖都から派遣されている神官による教育の施されている「知恵の回るクソガキ」が量産される地域でもある。

 相手したが最後とんでもない事になるのは見えているし、子供達も知らない人についていかない程度の分別はある。

 足早にラファエラが適当な方向へ歩み去ろうとすると……子供の一人がラファエラに近寄り、ぐいっと服の裾を引っ張る。


「ねえねえ、なんでお耳長いのー?」

「おっと」


 そのまま歩けば子供を引きずり倒してしまうと気付いたラファエラが立ち止まると、他の子供達も勇気が出たのかワッと叫んで走り寄ってくる。


「お姉ちゃん、そのおっきな宝石何―!?」

「すげえすげえ、なんで光ってるの!? 魔法!?」

「違うよ、きっとディオス様の作ったすげえ何かだよ!」

「おばちゃん、何処から来たの!?」

「俺剣覚えたいんだ! どうすればいいのかなあ!?」

「こら、ここぞとばかりに寄るんじゃない! あと今誰かおばちゃんって言ったな!?」


 普通冒険者というのは何処に行ってもチンピラよりはマシなごろつき程度の扱いのはずだが、ラファエラは身綺麗にしているせいか、それとも若い女の姿のせいか、あるいは耳の長い魔人の姿のせいか……あるいは美しく若い容姿のせいか。とにかく「恐れられる」事は少なかった。

 子供達に囲まれてしまったラファエラは引き剥がそうとするが、引き剥がされる度に子供達はキャーと喜びながら再度飛びついてくる。

 子供相手では流石のラファエラも余裕ぶった態度をとれるはずもない。

 正直邪魔だが薙ぎ払うわけにもいかない分、モンスターよりもタチが悪い。邪妖精イヴィルズの群れに囲まれた方が幾らかマシというものだろう。


「宝石見せて―!」

「魔法教えて、魔法!」

「これは宝石じゃないし、魔法は神官に……こら、私にぶら下がるんじゃない!」


 背中にぶら下がった子供をどうにか下ろそうと苦慮しつつも、ラファエラは水晶玉に流していた魔力を切る。この状態では魔力の無駄遣いもいいところだ。

 保護者は何処だと見回してみれば、畑仕事の手を休めながらニコニコと微笑んでいる大人達の姿がそこかしこにあるのが見える。

 どうやら彼等は積極的に止める気はないようだが……離れた場所から慌てたような声と共に一人の男が走ってくる。


「こ、こら皆! 旅の人に迷惑をかけるんじゃありません!」

「先生が出たぞー!」


 きゃー、と叫びながら四方八方へ散っていく子供達。ああなるともう追うのは困難だが、息を切らしながらやってきたその男はゼエゼエと息を切らしながらラファエラの所までやってきてペコペコと頭を下げる。


「も、申し訳ありません旅の方! 何分好奇心旺盛な年頃で……」

「ああ、いや。気にすることはないさ。かなり迷惑だったが、子供はああいうものだからね」

「そう言っていただけると……」


 普通の神官であるらしく白い神官服を着たその男は、申し訳なさそうな顔で何度も頭を下げる。

 苦労がしみついてそうだが見た目は若く、太い眉が純朴そうな印象を与える青年だ。

 

「あ、申し遅れました。僕はディオス神殿のアルブレヒトです。子供達が迷惑をかけたお詫びというわけではありませんが、何か僕に出来る事がありますか?」

「ん? いや」


 特にない、と言いかけてラファエラは思いついたように「……そうだ」と口にする。


「この聖国内で、何処か奇妙な場所に心当たりはないかい?」

「奇妙……ですか?」


 首を傾げるアルブレヒトに、ラファエラは頷く。


「ああ。奇妙な洞窟でも岩でもいいし、土地でもいい。特に意味は無さそうだけど「何か変だな」と思えるようなものがあるはずなんだが……」

「はあ……」

「無ければいいんだ。じゃあ、私はこれで」


 立ち去ろうとしたラファエラを「そういえば」というアルブレヒトの声が止める。


「奇妙というのとは少し違うかもしれませんが……要石と呼ばれる巨石があると聞いた覚えがあります」


 その言葉に……ラファエラは笑みを浮かべ振り返る。


「その話。詳しく聞こうじゃないか?」


 ラファエラと、このアルブレヒトとの出会いから数日後。

 目的を果たしたラファエラは、聖都への帰還を開始することになる。

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