だから「めでたし」を望む
翌日。ゲーテスの街は、変わらず平和だった。
子爵を捕縛した後のダリア達の行動は速やかで、地下通路から続く子爵の城内部の人間への降伏勧告はアッサリと受け入れられた。
彼等も子爵が権力者であったから従っていたのであって、大罪人となり権力を奪われた以上は従う義理もなかった。
むしろ全ての罪を子爵に擦り付け、慈悲を請うた方が得策であると判断したのだ。
それで無罪になるかはさておき……万が一逃げれば指名手配の上極刑は確定。
残って真面目に「いつも通り」の業務をしていた方が生き残る可能性があるとなれば、無駄な抵抗を試みようとする者は一人も居ない。
……いや、正確には何人か居たのだが、すでに人としてカウントできる状態ではないので「一人も居ない」で正解だろう。
その辺りについてはカナメの居ない場所で速やかに行われ「素直に従ってくれた」という綺麗な事後報告となっている。
ともかく、そうしてゲーテスの街は捕縛され袋詰めされた子爵以外は明日以降も……新しい支配者が来るその日までは、何事も無かったものとして扱われる。
街を出ていく二つの馬車も、彼等にとってはいつもの事に過ぎない。
そう、この街では昨日も今日も……何も、無かったのだ。
「はーん……そんな事が、ねえ。アベルが向こうの馬車乗ってるのもそのせいか」
昨夜の事を聞いたエルが、げんなりした様子で溜息をつく。
貴族による自国民の誘拐と、非人道的な実験。
その手の話は無いわけではないが、今回のはとびっきりだ。吟遊詩人が聞けば飛びつきそうな題材だろう。
「……ああ」
窓から風景を見ていたカナメは憂鬱そうで、しかしそれも仕方ないとエルは同情にも似た感情を覚える。
聞く限りでは、その子爵……後ろを走るダリア達の馬車に転がされている袋の中身は、相当なクズだ。
貴族主義にしても行き過ぎていて、狂人の域に達している。
そんなモノと相対するのは、さぞかし心を削られるだろう。
相手を理解しようとする傾向のあるカナメでは尚更だ。
「まあ、気にすんな……とは言えねえけどよ。少なくともこれ以上は犠牲者は出ねえんだ。それでいいじゃねえか」
「そう、だよな」
子爵の城にも、他の「生きている誘拐被害者」は居なかった。
恐らくは全員が「ウアーレ」に使われてしまったのだろう。
……結局、何もかも間に合っていなかったのだ。
無言になってしまったカナメをルウネも心配そうに見ているが、何も言う事はない。
何を言っても慰めにしかならないと知っているからであり……年の割には達観したルウネの、人生経験の少なさ故の限界でもある。
御者をしているダルキンはあえて何も言う気は無いようであるし……エルは困ったように頬を掻く。
「あー……」
エルは困ったように……本当に困ったように足踏みしたり頭を掻いたりすると、やがて意を決したように座り直す。
「おい、カナメ。ちょっとこっち向け」
「え? いだっ!?」
全力のデコピンに思わず額を抑えるカナメは思わずエルを睨み付けるが、エルもまたカナメを睨み返す。
「いい加減にしろ、このバカ。お前は何気取りだ。いつから全知全能になったんだ、あ?」
「んなっ、誰もそんなもの」
「気取ってんだろ。お前の目の前でどうにかなったわけじゃなくて、俺達が着いた時にはもう「終わって」たんだ。そんなもんに何が出来るってんだ」
「そ、そりゃそうだけど」
「悲しむのは大切だ。それが出来ねえと乾いちまう。憤るのだって大切だ。それが出来ねえ奴は「生きて」ねえ。だが、必要以上のものを背負おうとするんじゃねえよ」
必要以上のもの。何処から何処までが必要で、何処から何処までが必要ではないのか。
その線引きの事を考えようとして、再びカナメの額にエルのデコピンが炸裂する。
「え、エル!? 痛いだろ!?」
「うるせー! テメエまためんどくさい思考に走ろうとしただろ! 辛気臭ぇんだよ! 塔の奥に籠ってる隠者の爺かテメエは!」
「し、辛気臭い!?」
「分かんねえ奴だなお前もよお! お前は何一つ悪くねえって言ってんだよ! それともアレか! 聖都に帰るまで引きずってイリスさんの胸に抱かれてヨシヨシしてもらうか!? ああ!?」
「ぐ、うう……!」
何一つ反論できずに黙り込むカナメに、エルはハッとしたように真面目な顔になる。
「……やべえ、勢いで言ったけどイリスさんならマジでそうしそうだぞ。おいカナメ、羨ましいからちょっと本気で殴っていいか」
「嫌に決まってるだろ」
「そう言うなよ。しかもアレだろ。たぶんエリーゼちゃんもお前甘やかすだろ。アリサちゃんもキツいけど最終的にはお前を甘えさせてくれそうな気がする」
「……なんか俺もお前殴りたくなってきたんだけど」
「ふざけんなよ。俺の方がもっと殴りたいに決まってんだろ。なんだお前、あのダリアちゃんもお前に甘そうだったし、マジで何なの?」
「いや、お前が何なんだよ! なんであんな真面目な話からこんな話になるんだ!?」
「うるせー馬鹿! 俺はいつだって大真面目だよ!」
ぎゃあぎゃあと取っ組み合いを始めたカナメとエルをルウネが「うるさいです」と叩き引き離して。
襟元を直しながら、エルは小さく息を吐く。
「……まあ、マジでさ。今回俺達に出来る事は全部やっただろ。後はあのシンシアって子が元に戻るのを祈るしかねえな」
「そう、だな。でもきっと、元に戻る……と思う」
そう、きっと。いつか元気になって、もう一度アベルと笑い合うような。
そんな日が、来るだろう。
シンシアの事はダリアが責任をもって帝国側で面倒を見ると言っているし、アベルもそれについていくだろう。
シンシアの事を心配してこんな場所までやってきたアベルの想いは……きっと、彼女に届く。
「……だな。俺もそう思うぜ」
「ああ」
いつか、きっとそうなると信じている。
そうでなければ……あまりにも、救いが無いから。
ガタコトと、馬車は揺れる。
再び会話の無くなった馬車の中には、ただ……祈りだけが、満ちていた。
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