腐り果てた人間賛歌12

「……さて、僕達の役目はそろそろ終わりだね」


 転がる子爵を視界に入れぬまま、ルヴェルはそうカナメに告げる。

 この場にディオスとルヴェルがいるのは、あくまで一時的な話だ。元より、長く留まれるわけでもない。

 本来であれば、カナメの目以外に映るはずもない存在なのだ。


「出来ればあの子達の身体も探してあげたいけど、恐らくまともな形では残ってないだろう。そうなると……僕の権能ではちょっとね」


 困ったように笑うルヴェルはディオスをちらりと見るが、ディオスも黙って首を横に振る。


「出来ないわけではない、が止めておけ。アレを殺したくなるだろう」


 死体をどういう扱いをしているかは分からないが、後々バレないような手段をとっているはずだ。

 となると……骨の欠片でもあればいいほうだろうか。

 あるいは、もっと酷いのかもしれない。

 黙り込むカナメを気遣うようにルヴェルは微笑むと、その背中をポンと叩く。


「色々思うところはあるだろうけど、適度な所で「切る」事を勧めるよ。そうしないと、潰れてしまう」

「……俺は」

「うん?」

「俺は……絶対に、ああはならない」


 その言葉にディオスは眉の端を上げルヴェルは「へえ」と呟く。

 救えなかった子供達の事で悩んでいるのではなく、子爵に対する憤りがカナメを無言にさせていた。

 無論、子供達の事を考えていないわけではない。それに対する無念はカナメに重く圧し掛かり……それ故に、子爵という身勝手な男の在り方への怒りが倍増していたのだ。

 

「前向きで結構な事だ……さて、では時間も無い。真面目な話をしよう」


 ディオスが指を鳴らすと半透明の半円状の空間が三人を包む。

 

「防音の障壁だ。お前の仲間は異様に耳が良さそうなのがいるからな」

「ああ、あのご老人か。彼は凄いな、僕はアルハザールの血が入ってるんじゃないかと思うけど」

「どうでもいい。レクスオール、今からするのはお前自身の話だ」


 ルヴェルの予想を一言で切って捨てると、ディオスはそうカナメに告げる。


「どうやらお前は少し特殊な手段でこの世界に来たようだな?」

「特殊なって……無限回廊のことですか?」

「え、そうなのかい? ディオス、それは……」

「聞け、レクスオール。私は本来、「この世界」に生まれ直した者を対象に魔法を用意した」


 その言葉に、カナメは首を傾げる。

 この世界に生まれ直した神々に大神殿の魔法が用意された。

 それは別におかしな話ではない。違う世界がどうのこうのなど、カナメも実際に無限回廊を通るまではお伽話だと思っていた。


「それは……普通だと思います。だって異世界なんて俺だってあるとは」

「違う。異世界の存在は我々とて知覚していた。無数の世界がこの世界の外に存在することは、既知だった」


 ならば、ディオスは何を問題にしているのか。

 一体何を言おうとしているのか、カナメは理解できない。

 そしてカナメが理解していない事をディオスもまた理解しているのだろう。

 ディオスはもどかしげに眉間にしわを寄せると、カナメの肩を掴む。


「恐らく、レクスオールは……この世界に残るレクスオールの残滓は、何かを感じ取ったのだ」

「な、何かって」

「私にも分からん。所詮残響に過ぎぬこの身ではな。だが、予想は出来る」


 無限回廊を使ってまで、この世界への帰還の予定を早めた理由。

 この世界に満ちる力と、僅かな残滓にしか過ぎない「前のレクスオール」がカナメを喚んだ理由。


「……ゼルフェクト、ですか」

「そうだ。そして、もしそうなのであれば……現在、あるいは今後近いうちに大きな異変が起こる可能性がある」


 それは、レヴェルにも言われていた事だ。

 起こり得る異変を潰し、世界を守る。クランは、その為に作ったのだ。

 だから、カナメは確かな意思を込めてディオスへと向き直る。


「大丈夫です。レヴェルにも頼まれてます。世界の異変を察知して叩く為の組織も作りました……どうか、安心してください」

「……そうか」


 ディオスはカナメをじっと見つめ……その瞳を、僅かに細める。


「だが……お前にとっては、辛い戦いになるかもしれん」

「仲間が居ます。俺だって……もっとずっと、強くなります」


 この世界に来たばかりのカナメであれば、今日のような悪意に耐えられたかどうか分からない。

 だが、今は違う。

 仲間に支えられ、戦いを乗り越えて。強く、大きく成長できているはずだ。

 真正面から見つめ返してくるカナメに、ディオスはその瞳を閉じる。

 何かを告げるのを迷うような……そんなディオスの姿に、カナメは疑問を抱く。

 如何にも正面からズバズバとモノを言いそうなディオスが、言い淀んでいる。

 それが明らかであったからだ。

 しばらくの無言の後……ディオスは、絞り出すように一つの言葉を口にする。


「レクスオール。人に、絶望するな」

「それ、は。どういう」

「人の悪意は底無しかもしれん。尽きる事は無いのかもしれん。光を飲み干し、足りずに自ら喰い合う闇なのかもしれん。だが……それでも、お前の隣にある光を信じろ」


 ディオスの身体が、薄れていく。同じように、ルヴェルの身体も。


「妹をよろしくね、レクスオール。めんどくさい性格してるから、苦労するかもしれないけどさ」

「え、あ。待ってください!」

「……この世界を頼む。私達は、間に合うかどうか分からん」


 その言葉と同時に、二人の神の姿は掻き消える。

 同時にディオスの張った障壁も消え……遠巻きにしていたダリアが近寄ってくる。


「えっと……何の話してたのかしら」


 ダリアにしては珍しく遠慮がちなその問いに、カナメは逡巡した後……こう、答えた。


「たぶん……未来の話、かな」

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