腐り果てた人間賛歌11
それは、つまり断線だ。今まで通っていた道が使えない事で、必要なモノが届かない。
魂から身体への命令が届かず、それ故に身体が動かない。
動いても、著しく遅延する。
……分かりやすく言うのであれば。
「まともに、生きられないってこと……ですか」
「身体的には問題はないよ。でも、酷く生き辛くはあるだろうね……廃人よりはずっとマシって程度だ。これ以上遅れたら、それすら難しかっただろうけどね」
「……」
「問題は、こっちだ。レクスオール、この矢……僕に預けてくれるかな?」
積み重ねられた矢の山を示すルヴェルに、カナメは曖昧に頷く。
「いいですけど……何を?」
「決まっている。「送る」のさ」
そう言うと、ルヴェルは矢の山に触れて魔力を流す。
すると、矢は解けて光の珠のようなものになり……やがて、ルヴェルの周りを浮遊し始める。
チカチカと明滅する光達は何かを訴えているようで、ルヴェルはそれに優しげな顔で頷き……時折、悲しそうに首を横に振ってみせる。
そこに浮かぶ魂たちと、会話をしている。それに気づいた子爵が「戻れ」と叫んでいるが……ダインに床に押さえつけられてモゴモゴという奇妙な音になっている。
そんな中、魂たちとルヴェルの会話が終わり……魂の明滅も、終わる。
「……さあ、時間だ。そろそろ君達は行く時だよ」
その言葉に応えるかのように光の珠は輝く粒子となっていく。
キラキラと輝く粒子はルヴェルの周りを回り……輝く空間の中で、ルヴェルは静かに告げる。
「生命の神ルヴェルの名の元に、君達を新たな流れへと導こう。願わくば……今度こそ、幸せな生を」
シャン、という涼やかな音が鳴る。
光の粒子は消え去り、地下室は元々あった明かりのみの薄暗い空間に戻る。
「終わった、んですか」
「そうだね。これで終わりだ」
カナメにルヴェルは優しく微笑んで。そこに、野太い慟哭が響く。
「何故だ、何故だ……! 何故神々が寄ってたかって人の夢を邪魔する!? ディオスよ、貴方なら理解してくださるはずだ! これは人が更なる段階に至る為に必要なものであると!」
「黙れってんだろ、めげねえなお前は!」
「ぐぎっ! ディオス、ディオスよ! この無知蒙昧の輩共に教えて差し上げてください! 進歩とは犠牲の上に成り立つものだと! 進化とは淘汰の果てにあるものだと! ディオス・ウアーレは世界を救う鍵となるのだと!」
無言で立つディオスは……子爵の懇願するような声に振り向かないまま、小さく息を吐く。
「……喋るな。お前は言葉からも腐臭がする」
「なっ……!」
「ははは。ディオスは口が悪いからこうだけど、僕も君のやった事は認められないかな」
苦笑しながら言うルヴェルに……優しげな雰囲気を漂わせる生命の神に、子爵は叫ぶ。
「ルヴェルよ、私はきちんと価値のない庶民共を使いました! そのままでは意味のない者共に世界を救う英雄の資格と能力を与えたのです! この研究が完成すれば」
「ああ、悪いけどそこまでにしてくれる? 現時点で君は妹に八つ裂きにされてもおかしくないんだ。これ以上は微塵切りになっちゃうよ?」
「な、何故ですか!」
「何故って聞いちゃうかあ……」
困ったような顔をするルヴェルの視界を、カナメが通り過ぎる。
無表情で、ゆっくりと……ダインの押さえつける子爵へと近づいていく。
「……なんでだ」
「な、なに?」
「なんで、あんな酷い事が出来るんだ」
近づくカナメに、子爵は吐き捨てるように叫ぶ。
「酷い、だと……!? それはお前だろう! よくもこんな! あと少しで人類史に新しい一歩が刻まれたというのに! お前のような偽善者が! 結果には過程があることも知らん愚か者が綺麗事を……!」
見下ろす。押さえつけられた子爵を、カナメは見下ろす。
偽善者。綺麗事。
なるほど、カナメの言う事は綺麗事で、カナメは偽善者であるのかもしれない。
綺麗事だけでは、世の中は進まないし回らないのかもしれない。
それでも……そうだとしても。
「俺は、貴方が嫌いだ」
タカロには、タカロなりの正義があった。
それはカナメとは相容れなかったが……決して、「ただの悪」ではなかった。
イルムルイは、純粋に悪だった。
自分の為にダンジョンを弄り、終始自分の為に動いていた。
……子爵は、どちらでもない。
世界の為と叫び、他者を……弱い者を踏み躙る。
そしてそれを、正義と語る。正義だと信じて疑っていないのだ。
「……はん! 子供が材料になったからか。善人のフリをして、子供と大人で命の価値に差をつけたというわけだな? 笑わせる! いいか、子供を材料としたのは理由がある! そもそも大人の魂は」
「人間は、材料じゃない」
タカロを矢にした時の事を、カナメは思い出す。
あれしかなかった。今やり直せるとしても、きっとアレ以外の方法は「殺す」しかなかっただろう。
だが、それでも……決して慣れるものではないし、慣れていいものではない。
「人間を材料だと思えるなんて……そんなの、人間じゃない。だから嫌いだ。それでも人間な貴方を見ていると、俺は……人間が、分からなくなる」
「ハン、訳が分からん。ガキの癇癪か……う、うおっ!?」
押さえつけられていた身体をダインに高く持ち上げられ、子爵は動揺する。
いきなり何を。そう言おうとした子爵は、ダインの顔に浮かぶ獰猛な笑みにヒッと悲鳴を漏らす。
「分かんねえか? なら俺が教えてやるよ子爵サマ」
「な、な……」
「生まれるトコからやり直せってことだよ……このクソ外道が!」
ダインのガントレット付きの拳が子爵の顔面に突き刺さり、子爵は鼻血を撒き散らしながら地面に転がり気絶する。
ビクンビクンと震える子爵を気持ち悪そうに眺めながら、ダインは「あー、隊長」とダリアへと話しかける。
「なに? ダイン」
「子爵が魔法を使って抵抗しようとしたんで、緊急手段で黙らせといたぜ」
「ええ、私も確認したわダイン。何の問題もないわね」
その辺りに歯が折れて転がっているようにも見えるが、それも問題ない。
これよりあらゆる証拠は、子爵に絶対的に不利な形で収集される。
その行きつく先は……言うまでも、ない。
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