腐り果てた人間賛歌8

魔操巨人エグゾードは太古の魔人が作った、巨大な鎧型の魔法装具マギノギアだ。

 それを仕上げる方法は……動く魔操巨人エグゾードにする代償は、その魔人の魂。

 その魂と魔力を魔操巨人エグゾードに入れることで完成する。

 

 ……そう、太古の昔にはその技術があった。人の魂を、別の何かに移し替える技術が。


「でも、それはこんな風に使うものじゃない。魔操巨人エグゾードですら受け入れられなかったのに……なんでこんなことを!」

「なんで、だと……」


 子爵はカナメの視線を正面から受け止め……しかしすぐに、少女を睨み付ける。


「ウアーレ、何をしている! 元の身体に戻りたくないのか! 私に何かあれば一生元には戻れんぞ!」

「えっ……」


 子爵に怒鳴られた少女はオロオロと子爵とカナメを交互に見て「どうしよう」と呟く。


「子爵様に従うべきだと思う」

「私も。このお兄さん、私達を助けられそうにないよ」

火撃アタックファイア

「でも……子爵様、僕達をほんとに助けてくれるのかな」

「落ち着けよ! もっといい方法があるはずだ」

火撃アタックファイア

「子爵様捕まったし、元に戻る方法も分かるんじゃないかな」


 ガヤガヤと響く声の中に混じる詠唱が炎の弾を生み出し、カナメへと発射される。


「くっ!?」


 即座にカナメはそれを弾くが、同時にガヤガヤとしていた声もぴたっと静まる。

 そう、これが厄介なのだ。

 クラークも、鎧の身体に口があるわけでもないのに声を発していた。

「口が無くとも声を発する」能力があると考えられる……と聖都に帰った後にオウカがカナメに話に来たことがあったが、子供達も同じなのだろう。

 シンシアの口から声が出てはいても、人間と同様に発声しているわけではない。

 だからこそ、「それぞれ」が魔法を唱える事も出来るし……その意思も、統一されてはいない。


「落ち着くんだ。君達を助ける方法を、見つけてみせるから」

「そんな方法などない! 私しか知らんのだからな!」

「黙ってろってんだろ!」

「教えた方法があるだろう! やれ、殺ぐうっ!」


 ダインに顔面を殴られて尚、子爵は殺せ殺せと叫ぶ。

 そして少女は、カナメをじっと見上げる。


「……ねえ、お兄さん」


 感情の無い目で……いや、無数の子供達の感情が混ざり過ぎている目で、少女はカナメを見上げる。


「ほんとに、私達を助けられるの?」


 今は、その手段はない。カナメの矢作成クレスタでも、子供達を救うことは出来ない。

 一つの身体に押し込まれ混ざってしまった魂は、すでにそういうものとして存在してしまっている。

 それを救う方法など、本当に存在するのか。

 シンシアを何とか分離できたとして、他の子供達は。

だが、それでも。


「……助けてみせる」

「あのね、おにいさん」


 今すぐは無理だけど必ず、と。そう言おうとしたカナメの言葉を遮り、少女は笑う。


「私達はね、最強の魔法兵器なんだって」

「一人なのに、同時にいっぱい魔法を唱えられる無敵の魔法士なんだよ」

「皆で協力してるから、魔力もたくさんあるんだぜ」

「実験が成功したら元に戻してくれるって約束したの」

「帝国の為にもなるんだって」

「子爵様なら、私達を元に戻せるの」

「だって、絶対戻してやるって言ったもの」


 少女の中の子供達が、口々にそう言う。だが、そんなもの。そんな口約束。守られる保証がない。

 だって。太古の技術を使っただけの子爵が、それを超える技術など持っているはずがない。

 子供達に言う事を聞かせるためだけの嘘。けれど、子供達はそれだけが希望で。


「だから、おにいさんはいらない」

「ダメだ、それは……!」


 少女から放たれた純粋な魔力による破壊の嵐が、地下室に吹き荒れ……カナメは、大きく後ろへと吹き飛ばされる。

 ダルキンがダリアを抱えて走り、ついでにダインをぶん投げ子爵を蹴飛ばして通路に放り込む。

 頑丈なはずの地下室が大きく揺れ、少女はその中で笑う。


「殺しちゃうね、おにいさん」


 少女を包むのは、幾重にも展開された物理障壁アタックガード。先程ダルキンに破られたのを警戒しているが故だろうが……同時に、何人かが詠唱を始めている。


「求めるは槍。天よ、輝ける光の槍を……」

「求めるは剣。風よ、何者よりも速き風よ……」

「炎の山よ。此処にその力を貸し与え……」


 恐らくは、どれもかなりの高威力。カナメを確実に殺すつもりの魔法の群れに、カナメは逡巡する。

 止めるつもりならば、選択は二つしかない。

 殺すか、矢に変えるか。

 殺せばそれで全て終わるが、誰も救えない。

 矢に変えればとりあえずの危機は脱するが、ただそれだけだ。

 矢から戻した時に、その続きをするだけの話になる。


「殺しなさい、カナメ! その子はもう止まらないわ! 出来ないならダルキンに命令なさい! この爺なら出来るでしょ!」


 ダルキンに抱えられたままのダリアが叫ぶ。

 確かにこれは、ダリアの能力を超えている。

 人間に他の複数の人間の魂と魔力を宿らせることによる、巨大な魔力と複数の魔法詠唱能力を持った人間の開発。

 そんな狂ったものが作られているなど、想像できるはずがない。

 帝国の為になるなど、とんでもない。あんなもの……使っていいはずがない。


「殺されないよ、私達は絶対に帰るんだもの!」

「此処に、輝ける伝説を示す!」

「止まることなき永劫の証を刻む」

「始まりの神話を此処に」


 手を伸ばす。

 この魔法を、完成させてはいけない。

 守り切れない。

 だから、きっとこれは取捨選択の問題だ。

 誰を助けて、誰を切り捨てるのか。


矢作成クレスタ……!」


 だが、それでも願わずにはいられない。祈らずにはいられない。

 この哀れな子供達を作った魔法があるというのなら、魔法の神ディオスよ。

 一度はこの子供達に祝福を与えたというのなら、生命の神ルヴェルよ。

 この子供達に……どうか、救いを。


妨害魔法マギノゼロ

「うわあ……こりゃ酷い。まったく、とんでもないことをするもんだ」


 少女の展開させていた無数の魔法が、消え失せて。

 カナメの両隣には……この場には居なかったはずの「誰か」が立っていた。

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