腐り果てた人間賛歌7

 勝ち誇った笑い声をあげるだけの子爵は、それ以上を話す様子はない。

 たっぷりと時間をかけて「聞いて」やれば話すだろうが、今はその時間が無い。

 カナメが今は防いでいるが、防ぐだけでは勝てない。

 今のダルキンとの攻防を見るに、五体満足で捕らえるのは難しい。ならばどうするか。

 その答えをダリアが出す前に、カナメが口を開く。


「……ダルキンさん。ダリアを守って下さい。出来ますよね?」

「勿論です」

「え、ちょっとカナメ……何する気?」

「あの子を止める。俺なら、「あれ」に突っ込んでも死なない」


 生かして捕らえるつもりなら、それしかない。

 カナメが先程から展開している障壁があれば、それも可能かもしれない。

 それを即座に判断すると、ダリアはカナメの背中を叩く。


「無理だと思ったら介入するわよ。協力者に死なれたなんて帝国騎士の恥だわ」

「ああ、分かってる」


 ダルキンがダリアを抱えたのを確認すると、カナメは走る。


「誰か来る」

氷結槍フリーズランス

「あ、効いてないよ!」


 魔法を魔力障壁マナガードを展開させて弾くカナメに、少女は壊れた鉄格子の向こうから両手を向ける。


「……なら、こう」

「「「「「「電撃網ヴォルトネット」」」」」」


 複数の「声」が完全に重なり、眩いばかりの電撃が四方八方からカナメに向かって襲い掛かる。

 方向を指定して展開する魔力障壁マナガードでは足りない。

 自分の身体に覆わせる魔力障壁マナガードでは、今のカナメに出来るレベルでは貫かれる。

 ならば。


矢作成クレスタ


 カナメの手から伸びる魔力が、魔法の電撃に触れる。

 制御されているはずの電撃を制圧し、制御を奪う。

 そう、これはすでに……カナメの矢の素材だ。

 

電撃雨の矢ヴォルレインアロー

「えっ……」


 並の人間ならば骨すら残らぬであろう電撃の嵐はカナメの手の中で一本の矢へ変わり、慣れた手つきで矢筒の中へと押し込まれる。

 目の前で起こったソレが理解できず、少女は慌てたように周囲を見回す。


「み、皆! もう一度ビリビリの鎧!」

「「「「「「電撃鎧ヴォルトメイル」」」」」」

矢作成クレスタ


 間近まで迫ったカナメの手が、少女を覆う電撃の鎧をはぎ取る。


「……電撃檻の矢ヴォルジェイルアロー


 ダルキンすら一時撤退を選んだ無敵の鎧はカナメの手の中で、たった一本の矢に変わる。

 カナメにとっては簡単な話だ。

 確かに強い魔法だ。カナメとて、まともに喰らえばただではすまないだろう。

 だが、矢作成クレスタで制圧できない程度ではない。ただそれだけの話なのだから。


「う、そ。そんな……」

「君は……シンシアちゃんで、いいのかな?」

「え」

 

 怯える少女は、カナメの言葉に……泣きそうになっていた顔をきょとんとしたものに変える。


「俺はカラチ村のアベルという子の知り合いだ。君がシンシアで合っているなら、俺は君の敵じゃない……助けに来たんだ」

「わたし、は」

「ねえねえ、僕のお母さんは!?」

「私、パパとママに会いたいの! ねえ、お願い助けて!」

「ぼ、僕カラル! バラム村の木こりのコナートの息子だよ!」


 僕は、俺は、私は……。競うように少女の中から声が溢れ出る。

 それは少女自身の声であるように思えるが、腹話術のようなトリックで出来る芸当にも思えない。

 いや、そもそも。

 少女の「声」が告げているものが示す事実は……もしかして。


「ご、ごめん。ちょっと触るね?」


 そう言いながら、止まらぬ声の中でカナメは少女の頭に手を触れる。

 この不可思議な現象が何かの魔法なら……あるいは、道具なら。

 カナメの矢作成クレスタでその部分だけ抽出して助ける事だって出来るはず。


「ふ、ふざけるな! ウアーレ! 何してる! そいつを!」

「はーい、黙ってろ子爵様」


 ダインが抑えつけた子爵を殴って黙らせている間にも、カナメは少女に魔力を流す。

 ……そして、知る。知ってしまう。


呪われし混魂の矢カースレギオンアロー魂抱えし者の矢ソウルキーパーアロー魂の門の矢ソウルゲートアロー魔操人の矢キマイラアロー……。


「う、あ……!?」

「どうしたの?」

「大丈夫?」

「顔青いよ?」


 理解した。理解できてしまった。この子は。いや、この子達は。


「君、たち……は。その身体に……詰め込まれてるの、か」

「うん! 言う事聞いたら元の身体に戻してくれるって約束なんだ!」

 

 少女の中の……恐らくは、男の子がそう答える。

 だが、それは。


「ちょ、ちょっとカナメ。どういうことなのよ」

「……ごめん、ちょっと待って」


 カナメは、もう一度少女に触れる。

 恐らく、この少女の身体は「シンシア」のものだ。

 なら、シンシアの魂と身体だけを分離して……他の子の魂をそれぞれに分け、何とか元の身体に戻すということはできないだろうか?

 本当に他の子供達の身体が保管されているかなど分からないし、魂の抜けた体などというものが生きていられるのかどうかも分からない。

 だけど、今のままでは。


「……くっ!」


 見つからない。子供達を「分離」できるような矢が見つからない。

 頭の中に流れる狂気に満ちた「矢」のリストの何処を探しても、彼女達を救える矢がない。

 彼女達の魂は……すでに「混ざって」しまっている。


「なん、てことを……」


 押さえつけられている子爵へと、カナメは視線を向ける。

 この世界に来てから今まで誰にも向けなかった……確かな嫌悪に満ちた目。

 こんな恐ろしい……おぞましい事を成果か何かのように誇る子爵を理解できないが故の目。


「なんで、こんな事を……なんで人間に魔操巨人エグゾードの作成術なんか使ったんだ……っ!!」

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