腐り果てた人間賛歌6

「ディオス……ディオス・ウアーレ魔法神の娘!?」」


 ヴァルマン子爵の叫んだ言葉に、ダリアが激しく反応する。

 魔法の神ディオス。無限にも思える数の魔法を操ったとされるディオスは、現代に伝わる魔法の祖であるとも言われている。

 魔法士はディオスのようになりたいと考えるのが当然であり、「ディオスの如き者」と呼ばれるのは最高の栄誉でもある。

 しかし、流石にディオス・ウアーレ魔法神の娘を名乗った例はない。

 不敬とかそういう問題ではなく、有り得ないからだ。

 女好きの逸話を星の数ほど残しているアルハザールとは違い、ディオスは一部の女性神を除き全く女を近づけなかったとすら言われている。

 当然「子孫」などというものは居らず、称号として名乗るにしても敷居が高すぎる。

 特に帝国ではそれが顕著であり……名乗れば場合によっては皇帝の不興を買う。

 ヴァルマン子爵が、それを知らないはずがない。たとえ田舎貴族とはいえ、皇帝の顔色を窺わずに暮らせるわけではない。

 なのに、この少女に名乗らせる。それが意味するものは何なのか。


「ヴァルマン子爵……! 今の言葉、取り消すなら今のうちよ!?」

「取り消す必要など何処にある! さあディオス・ウアーレ! 何をしている!」

「ダイン! 子爵を捕えなさい! もう遠慮はいらないわ!」

「おう!」


 ダインは即座に子爵を殺さない程度に押さえつける為飛び掛かり……。


物理障壁アタックガード

「うおっ!?」


 展開した輝く壁に遮られる。物理障壁アタックガード。特に物理的な攻撃に高い効果を誇る障壁。

 本人を起点として展開するソレは、離れた場所にいる子爵をガードできるようなものではない。

 ない、が。


「なん、だこりゃあ……」


 格子の中の少女から子爵まで、楕円状に伸びる物理障壁アタックガードがそこにはあった。

 当然ながら、こんな奇妙な物理障壁アタックガードなどダインは見たことが無い。


「ひ、ひひひ。いいぞウアーレ! 私を守れ! そいつらを殺せ!」

「ダイン! 子爵を逃がしちゃダメよ!」

「わぁってる!」


 通常、展開できる魔法は一つだけだ。攻撃魔法を複数展開する多重魔法というものが持て囃されたりもしたが、それも結局は「複数の魔法を一つの魔法という現象に纏めた」魔法であることが分かっている。

 しかも魔力的な効率や威力としては良くなかったりするのだが……それはさておき。

 ともかく、障壁を展開している以上はそれを解除しない限り次の魔法はないし、解除した途端にダインが飛び掛かる。

 つまり、詰みだ。ダリアが少女を抑えればそれで済む話……ではあるのだが。


「……カナメ。あの子を抑えるわよ」

「ああ」


 カナメから聞かされた話が、ダリアを慎重な作戦へとシフトさせる。

 そして、それは……結果的に正解であった。


火撃アタックファイア

「なっ……!」

「ダリア!」


 放たれた炎をカナメが輝く壁を展開させて防ぎ、しかし子爵を包む障壁は解除されていない。

 再展開したのではなく、解除されていないのだ。

 そして。


火撃アタックファイア

火撃アタックファイア

火撃アタックファイア

火撃アタックファイア

火撃アタックファイア

火撃アタックファイア

火撃アタックファイア

火撃アタックファイア

火撃アタックファイア

火撃アタックファイア

火撃アタックファイア

火撃アタックファイア


 ほぼ同時に、無数の詠唱がその口から紡がれる。カナメとダリアに向けて放たれる炎の群れはカナメの展開する魔力障壁マナガードと衝突し、視界を赤く染める。


「ぐっ……!?」

「嘘でしょ……「今の」は何!? 早口ってレベルじゃ」

氷結槍フリーズランス

氷結拘束バインドフリーズ

氷結吹雪フリーズブリザード

電撃網ヴォルトネット

電撃ヴォルト


 襲い来る氷魔法と電撃魔法の嵐。まるでそこに複数の人間がいるかのような、そんな同時詠唱。

 ありえない。

 どれだけ早口で喋ることが出来ようと、人間の口が一つである以上は一つの詠唱しかできない。

 短縮することだって出来る。無詠唱だって出来るだろう。

 だが、あれは無理だ。人が頭と口を一つずつしか持たない生き物である以上、あれは絶対に無理だ。


「カナメ……平気!?」

「あ、ああ。このくらいならまだいける!」


 魔法を防ぐカナメを脅威と認定したのか、少女の視線はカナメへと向いている。

 その分、カナメは動くことは出来ないが。


「……あ」

「だれ?」

「知らないお爺さんだ」

「怖い」


 鉄格子を刹那のうちに切り刻み牢獄の中へと突入したダルキンが少女を覆う物理障壁アタックガードを破り、そのまま鮮やかな動きで抑え込む。

 丁度顔が下に向くように抑えつけ、腕を捻りあげる。

 魔法がある程度の集中を必要とする技術である以上、これは非常に有効で。少女はバタバタと暴れながら叫ぶ。


「いたい、いたいいたい!」

「だいじょうぶ!?」

「見えない、魔法が撃てないよ!」

「……ほう? これは面妖な」


 少女を抑え込んでいたダルキンは、その会話の異様さに気付く。

 まるで、そこに押さえつけられた痛みを感じていない「別の誰か」がいるかのような、そんな会話。

 だが、その声は間違いなく少女自身から出ている。


「ぎゃあ!」

「おらあ、大人しくしやがれ!」


 当然、物理障壁アタックガードが破られた時点で子爵も自分を守る手段を失いダインに押さえつけられている。


「くそ、くそ! 何をしているウアーレ! そんなもの、弾き飛ばせばいいだろう!」

「大人しくしろってんだろ!」


 叫ぶ子爵をダインが押さえつけるが……その声に、少女は……いや、少女であって少女ではない何かが明るい声をあげる。


「そっか! あれ使えばいいんだよ!」

「えっと……電撃鎧ヴォルトメイル!」

「む」


 少女の身体を覆うように走る電撃がダルキンを襲うが、それでもダルキンは離さない。

 その程度で離す程ヤワではない。ないが……次の瞬間、ダルキンは少女を離しその場から飛び退く。


電撃鎧ヴォルトメイル

電撃鎧ヴォルトメイル

電撃鎧ヴォルトメイル

電撃鎧ヴォルトメイル

電撃鎧ヴォルトメイル

電撃鎧ヴォルトメイル

電撃鎧ヴォルトメイル


 同じ魔法が多重に展開され、少女の身体を電撃で完全に覆ってしまう。

 ああなれば、流石のダルキンとて穏便に取り押さえるというわけにもいかない。


「……困りましたな。カナメ殿としてはどの程度まで欠損を許容できるか聞いても?」

「え!? あ、相手は子供ですから出来ればもっと穏便にいきたいんですが」


 許容したら何をする気か聞くのは怖いが、ダルキンが「そうしないと取り押さえられない」となると相当だ。


「おいこら! あのガキはなんだ!」


 ダインが取り押さえた子爵を小突き、子爵が取り押さえられながらも勝ち誇った笑い声をあげる。


「なんだ、だと……ひひ、はははは! 言っただろう! あれはディオス・ウアーレ! 帝国最強の魔法士だよ!」 

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