腐り果てた人間賛歌5
薄暗い地下牢。通路の先にあった部屋は、そう表現するしかない場所だった。
広い空間のほとんどを占めるのは、大きな格子で区切られた牢獄。
壁にかけられたランタンが部屋を照らしてはいるが、牢獄の中は明かりも無く薄暗い。
奥の方には完全に闇が溜まっており、そこに何があるのか……あるいは無いのかすらも分からない。
格子のすぐ向こうには白い髪の少女がぐったりと身体を投げ出すようにして倒れており……カナメの話が無ければダリアとて駆け寄って生死を確認していただろう。
「……ねえ、カナメ。あの子、なのよね? 私とメイドナイトを倒したとかっていうのは」
「ああ。あの白い髪……あの子で間違いないと思う」
当初の想定では、この地下牢に攫われた子供達が囚われているだろう……というものだった。
だが来てみれば白い髪の少女一人。
あるいは牢の奥にいるのかもしれないが……ここからでは見えない。
「他のガキの姿がねえな……まさか、ここも中継地点だったのか?」
「可能性はあるけど、あの子の白い髪……普通じゃないわ。何かの実験をされてたっていうカナメの推測……外れてないかもしれないわね」
「死んでるかもしれないってことかよ……胸糞わりぃぜ」
ダインにダリアは無言で頷き、自分達が来た方向とは別の地下通路へと視線を向ける。
「とにかく、攫われた子供は「見つけた」わ。後は子爵を確保するだけね」
「あの子供はいいのかよ?」
「死んでないなら、とりあえず放置でいいわ。子爵に正体を吐かせましょ」
攫われた子供がいる。ならば後は、もう1つの道が子爵の城の敷地内にでも繋がっていれば確定だ。
何を言おうとぶちのめして罪を確定させてしまえばいい。あとは幾らでも調整可能な話だ。
……だが、そこでダリアは不気味に沈黙を保っているダルキンへと視線を向ける。
「で、あんたはどうしたのよ。何か気になる事でもあるの?」
「ない、と言えば嘘になりますな。あの子供から少々おかしな気配を感じますが……」
「おかしな気配って」
「そうですな、歪……とでも申しましょうか。何かが確実におかしい。そうとしか言えませんが」
「それじゃよく分からないわよ」
肩をすくめるダリアにダルキンはしばらく少女を見つめたまま無言。
「とりあえず、あの子供のことはさておき。こちらに誰かが近づいておりますな。五人……でしょうか」
「子爵かしら?」
「さあ」
どちらにせよ、向こうから来てくれるというのであれば、これほど楽な事はない。
待ち構えていると……通路の向こうから、豪奢な服を纏った男が現れ驚きの表情を浮かべる。
その周囲にいるのは護衛か何かなのだろうか。
筋骨隆々の男が三人と、魔法士か何かと思われるローブの男が一人。
「だっ……誰だ貴様等!」
「お下がりください!」
筋骨隆々の男達が豪奢な服の男を庇うように前に出るが、ダリアはそれに臆した様子もない。
「ヴァルマン子爵ね? 手間が省けて助かるわ」
「その鎧……見たことがあるぞ。確か帝国上位騎士の鎧……!」
「あら、話が早いわね。なら私達の言いたいことも分かるわね?」
「帝国騎士がこんなところで何をしている! 我々とて自治権というものがある。勝手に封鎖区域に入るなど許されんぞ!?」
そう、確かに帝国の各貴族領には自治権がある。
中央騎士団が踏み込むには所定の手続き、あるいは証拠が必要になる。
勿論幾つかの例外はある、のだが。
「そうね。でも私達には関係ないわ」
「何を……!」
「ご挨拶が遅れたわね。私は帝国特務騎士団第二小隊長、ダリア・アルフレイン。特務騎士の権限に基づきヴァルマン子爵、貴方を処断するわ」
帝国特務騎士団。その名前くらいは子爵も知っている。
帝国の闇。皇帝の絶対性の象徴。振り下ろされる帝権そのものであり、通常の騎士の権限を大きく超える力を持つ……いわば皇帝直属の騎士団。
近衛騎士が盾であるならば、特務騎士は剣そのもの。
その中でも、第二小隊のダリアといえば、確か。
「狂風のダリアか……!? おのれ皇帝……! 私の成果を奪いに来たということか!」
「成果、ねえ。そこの子供が「成果」ってことでいいのかしら」
ダリアが牢獄に視線を向ければ、ヴァルマン子爵はあからさまな舌打ちをする。
「やれ、貴様等! 殺せ!」
「ハッ、分かりやすくていいなあ! 悪党ってのはこうでなきゃよ!」
「ええ、ダイン。やりなさい」
「おうよ!」
床を震わせる衝撃と共に「発進」したダインは最初の一人の顔面にガントレットをつけた拳で一撃を入れ、そのまま蹴りで弾き飛ばす。
「べっ……」
「ぐあっ!」
巻き込まれた別の護衛が倒れるが、ダインは別の男が振るう剣を手で受け止める。
「ん、なっ……」
「見た目通りのナマクラだな。そんなもんじゃ、この鎧は抜けねえよ」
「ごがっ」
突き入れた拳で剣を振るった男はガクガクと震えながら崩れ落ち……その間に詠唱の終わった魔法士が杖をダインへと向ける。
「おっと!」
「フレイムゲごべっ!?」
鉄球が顔面に命中した魔法士は杖を取り落とし倒れ、先程巻き込まれて倒れた方の護衛も立ち上がって向かってきたところをカウンター気味に倒される。
「さあて、子爵様よ。頼りになる護衛は全滅したけど……どうするよ? 抵抗してみっか?」
そう問いかけるダインに……子爵は通路の奥へとジリジリと下がりながら、しかし狂ったような笑い声をあげる。
「は、はは……くひ、はははっ! そんな事を言っていられるのも今のうちだ!」
子爵が壁にあった何かを押すと同時に子爵のいる通路への入口には鉄格子が落ちる。
「んだあ? 今更そんな仕掛け……」
「起きろ! 起きろウアーレ! 私の可愛いディオス・ウアーレ! そいつらを殺せ! そうすればお前の願いの叶う近道になるぞ!」
子爵の叫びに応えるように。鉄格子の奥で倒れていた白い少女が……ピクリと、反応した。
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