腐り果てた人間賛歌2
「……ダリア」
「おはよ、カナメ。随分急いできたみたいだけど、無限回廊とは……またホラにしても大きすぎる話を持ってきたわね」
「嘘じゃない……簡単に信じて貰えるとは思っていないけど」
証明する手段がない。ヴィルデラルトの所に連れて行けるなら話は別なのだろうが、ここのところヴィルデラルトとも会えていない。
今までの「実績」も、それを知らない者に説明し納得して貰うのは至難を極めるだろう。
だが、そこでカナメは気付く。ダリアはさっき「本当なら囮作戦が不要」と言った。
ただ単にホラ話として切り捨てているわけではないのだ。
「お願いだ……俺を、信じてほしい」
「そう簡単に信じるとは言えないわ。でも、貴方がくだらない嘘をつく奴じゃないことくらいも分かってる」
「ダリア……しかし、流石に無限回廊というのは」
「ルドガー。「地下道」という単語から連想できる事があるでしょ?」
ダリアの言葉にルドガーは黙り込み……やがて「もしかして」と呟く。
「……地下道で繋がる地下室、ですか。カナメ君、その地下道の長さはどの程度か分かりますか?」
「え? いえ……かなり長そうだ、ということくらいしか」
「なるほど。そういうことですか」
「そういうことよ」
納得した風のルドガーとダリアの姿にカナメは疑問符を浮かべ、その間にもルドガーは「他の者を起こしてきます」と言い残して階段を上っていく。
「えっと……何を納得したんだ?」
「簡単よ。地下に降りる為に必要なものは?」
「え。か、階段?」
反射的に答えた後カナメは「あっ」と声をあげる。
そう、地下室とセットになるものは地上に繋がる階段だ。
地下道は、その「階段」のある場所からの物理的な距離を示している。
それは、つまり。
「私達は誘拐された子供の監禁場所は子爵の城の地下牢だと想定してた。でも、そうではないのなら。監禁場所が地下牢ではない、地下道で繋がる別の場所であるのなら……間違いなく、何処かに「秘密の地下室」用の通用口があるわ」
そしてそれは、子爵の城から離れた場所であることが望ましい。
たとえ何かの事情で城に踏み込まれることがあっても、子爵側の地下道を自然な形で塞いでしまえば隠蔽できる。
それでいて、「通用口」があれば地下室を放棄せずに済む。
普段の物資の搬入もそこを使えば露見も遅れる。
怪しまれずに知られてはいけない何かを行う為の常套手段だ。
「でも、これは「その存在がバレていない」時のみのメリットよ。そういうものがあると確信された時点で、それは巨大なデメリットに変わる……特に、怪しい場所の探索に長けたメンバーが揃っている場合はね」
やがて階段から降りてきたのは、ダインを含む三人の男達。
黒っぽい服を纏った彼等に、ダリアは静かに……しかし、ハッキリとした声で命令する。
「ルドガー、貴方はカナメの宿に伝達。「怪しい家を探してほしい」と伝えて。カナメからの作戦変更提案と言えば通るはずよ。他の三人は直ちに捜索開始。条件は「一般家屋、あるいは倉庫として不自然な点がある」ことよ。制圧は考えず、発見と同時にすぐに連絡なさい」
「はい」
「了解」
「うす」
「おう」
それぞれの返事が響き、ルドガー達は夜の町に飛び出していく。
「さ、これでいいわ。私も突入の準備をする……手伝ってくれる?」
「え? 俺が?」
「そうよ。他に誰がいるの?」
言われてカナメは、困ったように頬を掻く。
今更気付いたが、今のダリアは可愛らしいリボンが胸元についた白いワンピースのパジャマを着ている。
似たようなものをエリーゼが着ているのを見た事はあるが、ダリアが着ているのを見るとギャップから思わずまじまじと見てしまう。
まさか着替えまで手伝えということではないだろうが……鎧にしたところで、金属製のものを着る仲間はカナメの知っている限りではエルくらいしかいない。
「えーっと……」
「ふむ」
カナメの反応を見ていたダリアは、やがて納得したように頷く。
「その様子だと、あの二人のどっちかと進展したってわけでもなさそうね」
「えっ」
「もし進展してるなら貴方の性格なら義理立てして断るでしょうし、二人まとめて囲い込むような甲斐性が出てるんなら逆に躊躇しないだろうし」
ダリアの言っている事が理解できず、カナメは固まるが……そんなカナメを置いてダリアは階段を上がっていく。
「じゃあ、私は着替えてくるから。勝手に入ってこないようにね」
「あ、ああ」
「ついでで悪いんだけど、変な奴が入ってこないように見張っておいて。ルドガーが帰ってくるまでで……あー」
「ん? って、うわっ!」
いつの間にか横に立っていたルウネにカナメが驚くと、ルウネは軽い一礼をする。
「そろそろかと思ったので、出てきたです」
「ほんっとにバトラーナイトとかメイドナイトって連中は厄介だわ。やってることが隠密と変わんないんだもの」
「はは……」
カナメに着替えと矢筒を差し出すルウネに溜息をつきながら、ダリアは階段の中程からカナメ達を見下ろす。
「あの弓はどうしたのよ」
「あー……問題ない。夜道だとギラギラ光るから困るし……喚べるから」
「ふーん? そういえば貴方のアレ、魔法の品だったわね」
言いながら、ダリアは二階へと消えていく。
「……なんていうか。全部説明したほうが面倒が無いんだろうけど」
「きっと、説明したらしたで面倒になるです」
「だよなあ……」
帝国の特務騎士、ダリア。
一時的に手を組んでいるとはいえ、全てを明かすのには様々な面で抵抗がある。
仲間と一緒にいる時とは違うその不自由さに、カナメは小さく溜息をついた。
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