ゲーテスの街4

 ダリアに連れられるままに辿り着いた宿屋、踊る子牛亭。

 二階建のその宿は貸し切っているらしく、入口には「満室」の札が掛けられていた。

 扉を開け中に入ると、見た事のない男がそこにはいた。

 全部剃っているのか元々なのかは分からないが、つるりとした頭。

 カナメの倍くらいはありそうな太い首と身体。

 ガッチリとした筋肉質の体を覆うのはラフな服であり、強面の顔と合わせれば何処か地下組織のリーダーと言われてもしっくりくる。


「おう、お帰りお嬢。そいつらは何だ?」

「お客様よ。店の人は?」

「夕飯の買い出しだってよ。今此処には俺達以外は居ねえ」

「そ。丁度いいわ。ダイン、彼等二人の顔は覚えといて。特級の重要人物よ」

「覚えた。ちっとの変装くらいなら気付く」

「上出来よ。あー、彼はダイン。新しい部下の一人よ。カナメは私の仕事知ってるわよね?」


 問われたカナメは頷くが……そのダリア達が此処に来ている意味を測りかねている。


「帝国の特務騎士……だったよな。なんでこんな所にいるんだ?」

「特務騎士ィ!? 実在したのかよ!」


 エルが大声をあげたあとに慌てて周囲を見回すが、ダインと呼ばれた男が肩をすくめる。


「気にするなとは言えねえが平気だ。この宿は壁が分厚くてな。ちょっとやそっとじゃ響きゃしねえ」

「そっちの彼とは初めてよね。カナメ、あの赤髪の女とか神官騎士はどうしたの? 別れちゃったの?」

「あー……なんていうかな。今回は連れてきてない。こいつはエル。エル、この子……いや、この人はダリア。前に見た時と色々違うけど」


 そう言ってカナメが紹介すると、ダリアは気付いたように髪先を弄る。


「ああ、これ? 付け毛よ。普段と違う印象にしないと潜入にならないでしょ?」

「そういうこった。俺も頭を剃ってっからな」

「嘘はダメよ、ダイン。貴方は元から「そう」じゃない」


 ダリアは呆れたようにそう言うと、近くの椅子に腰かける。

 どうやら食堂になっているらしい其処は静かで、ダリアがテーブルをタンッと叩く音が響く。


「ま、座りなさいよ。お茶も出ないけど」

「……その前に、質問の答えがまだだ。どうしてダリア達は此処に居るんだ?」


 ダリアは敵なのか、味方なのか。今回の敵が子爵なのか、それともダリア達特務騎士を含めた「もっと大きな何か」なのか。

 それによっては、此処から力尽くで撤退する必要すら出てくる。


「駆け引きはいらないわ。私達は「とある事件」を追って此処に来ているの。「クラン」のカナメ、貴方も何かを追って此処に辿り着いたんでしょう?」

「とある事件っていうのは……誘拐、か?」

「そうよ。分かっているだけでも20件以上の誘拐事件が発生している。時期はズレているけど「継続的に何者かが事件を起こしている」と判断するには充分ね」


 ダリアはそう言うと、机を指でコツコツと苛立たし気に叩く。

 正直に言って、今回の件が発覚したのは偶然だ。

 遊行中の「とある貴族」の娘が市井の娘の格好をして「お忍び」で街に出て……その結果、誘拐された。

 護衛の目を盗んだ結果ではあったが、その護衛は厳しく処分され街の自警団や騎士団にまで職務怠慢と咎が及びそうになり、街ごとどうにかしてしまおうと貴族が行動し始めたあたりで「中央」へと話が届いた。

 

「まあ、結果として街は無事に今も存続してるのだけど、事件を放置ってわけにもいかないわよね。並行して進められた捜査の結果、似たような事件が幾つか起こっている事が発覚したわ」


 被害者は、どれも一般市民の子供達。

 各所の自警団や騎士団に持ち込まれ、そのまま適当な捜索や捜査が行われたり……あるいは放置されたものも多い。

 受理すらされていないものもあるとみられ、大規模な犯罪集団の可能性があることから特務騎士団が捜査をする事が決定した。

 

「結果として、このヴァルマン子爵領が候補にあがったわ。呆れたものよね……大事にならないと、こんな簡単な結論すら導き出せない」


 言ってみれば縦割り行政のようなもの。何処も余所から口を出されたくないし、出したくもない。

 自分達の所で完結していればそれで良く、小さな案件は「概ね問題なし」の一言で消し去られる。

 ほんのちょっと連携して、ほんの小さな事に少し目を向ければ、特務騎士団でなくとも気付いたはずなのに。


「全ての案件を洗い直し、サボっていた連中の尻を叩いて調べ直して。網にかかった違法な人買いやってるクズ共を絞り上げて。犯罪組織を一つブッ潰す大仕事にまでなったわ」


 パルメの明星だとか名乗っていた連中を特務騎士団で乗り込んで潰し、情報を吐かせるだけ吐かせた。

 その結果出て来た「色々な案件」はこれから中央が判断することだが、ヴァルマン子爵領に関しての話もその中にはあった。


「ヴァルマン子爵領にあった連中の支部が、丸ごと子爵に召し抱えられたらしいわ。裏の連中を貴族が雇うのは珍しくないけど、違法な人買いや人攫いを中心にやってた連中を召し抱えるとなると……話は別よ」

「……やっぱり、子爵が犯人ってことか」

「限りなく犯人に近いってところね。なにしろ物証がない。だから、私が囮になろうと思ったんだけどね……」


 どうやら上手くいっていないらしい。まあ、お金持ちの娘がいきなり消えたとなれば騒ぎになるだろうし……しかしまあ、この時期にこの街に来るとなればそういう設定しかなかったのかもしれない。


「貴方、行商人装ってるんでしょ? そういうのは狙い目だと思うのよ。それなりに実力があって、囮出来るような……で、子供のフリできるような。そういう子連れてたりしない?」

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