ゲーテスの街3

「……門前払い受けちゃったな」

「あんまりしつこくするのも良くねえな。目をつけられるし、最悪投獄される」

「つまり「商売」のチャンスはない、ってことか」


 そんな事を言いながら、カナメとエルは歩く。

 無論商売とはヴァルマン子爵に宝石を売るという話ではなく、中を合法的に色々と確かめるという話である。

 宝石商として入り込めればそういう事も場合によっては出来たのだろうが、どうにもそのチャンス自体が生まれそうにはない。


「おや、さっきの兄ちゃん達じゃねえか。領主様のお城は見れたかい?」


 店の前を掃いていた先程の店主がそう言って声をかけてくると、カナメはパッと笑顔で振り向く。


「いやあ、それが早々に騎士様に怒られてしまいまして。近づきすぎましたかねえ」

「ハハハ、なんだい。お堀でも渡ろうとしたのか?」

「おや、そんな冒険心溢れる商人に見えましたか?」

「なんたって行商人だしなあ」

「これはこれは。上手い事を言われてしまいましたね。どうですか、その口の上手さで私から石をお得に買ってみるというのは」

「そら来た! 怖いねえ!」


 笑い合うカナメと店主にエルは鼻の頭を掻きながら「しっかり商人の会話だなあ……」などと小さく呟いて。そこで、その視線に気づいた。


「……ん?」


 それに気づいたのは、勘に近い。何かに見られているような気がするという、ただそれだけ。

 殺気が籠ってこそいないが、視線というものは強ければ強いほど相手に「何か」を察知させる。

 そしてその視線は、エルに警戒をさせるには充分過ぎる強さを持っていた。

 ……が、エルは歩いてくるその視線の主を見るなり警戒心が削がれるのを感じる。


 ルウネくらい……とは言わないが、エリーゼくらいの子供。そんな印象を持ったのだ。

 緑色の長い髪と、同じ色の瞳。

 その顔は何処となく中性的な印象を与え、しかし着ている服は間違いなく女の子のものだ。

 ドレスとまではいかないが仕立ての良いその服は、貴族の子女をも連想させた。

 笑顔で近寄ってくるその少女が横を通り過ぎようとした刹那、エルはほぼ反射的に武器に手をかけようとして。しかし、とっさの理性でそれを抑えつける。


 こんな子供に何を。いや、これは子供に見えるが違う。だが子供だ。

 そんな矛盾した思考がエルの中を駆け巡り、エルは「護衛」として少女の行先を塞ぐ。


「あら」

「もしそこの店に用事だったらすまねえな。今「雇い主」が話し中なんだ。少し待ってくれ」


 そう言うエルに、少女はくすくすと笑う。


「いいえ、あっちの「宝石商」さんに用があるの」

「それなら尚更待ってくれ。ついでに用があるなら俺を通してほしいね」

「あら、貴方にそんな権限が?」

「正体不明の誰かを通さないくらいはな」


 エルがそう言うと、少女は意外そうに目を見開く。


「……へえ。優秀な護衛なのね」

「まあな」

「でも見ての通り、ただの子供よ?」

「見た目は信用しねえことにしてる」


 エルは少女を見下ろし、幾つかの「戦闘開始」パターンを素早く頭の中に思い浮かべる。

 こうして見ると分かるが、明らかに目の前の少女は子供らしくない。

 身体の動かし方もそうだが、様々な部分がエルに強烈な違和感を伝えてくる。

 具体的に指摘は出来ないのだが、何かおかしい。そんな感覚的な違和感だ。


「なら伝えてくれる? ダリアが宝石商さんに商談があるって」

「……おう」

「あ、小声でお願いね? あまり人様に名前を晒したくないの」

「おう」


 エルはそう言うと、ダリアと名乗った少女から視線を外さないままにカナメへと近づいていく。


「あー……オズマ様。そこに居る子が商談があるってよ」

「え?」


 エルに言われて振り返ったカナメは、そこにいるダリアへと振り向き……訝し気な表情になる。

 何処かで見たような。そんな風に思ったのだ。


「……ダリアって名乗ってるけどよ。その様子だと知り合いじゃねえってことでいいのか?」


 エルがそう囁くと、カナメはギョッと目を見開く。


「おや? 兄ちゃん、あのお嬢様と知り合いかい?」

「え、ええ。知り合いに似ているので驚きまして。ご主人は知り合いなので?」

「数日前から逗留してるどこぞのお金持ちの娘さんらしいな」


 カナメは店の主人に適当な挨拶をして別れると、ダリアに近づいていく。

 そう、知り合いに似ている。具体的に言うと髪を短く切って化粧を落として帝国騎士の服装をすればカナメの記憶と全く同じになるだろう。


「こんにちは、宝石商さん。そこの護衛さんには言ったけど、ちょっとした「商談」があるの。付き合ってくれる?」

「え、ええ。勿論ですよ。ところで貴女……王国で会った「ダリア」さんで間違いありませんか?」

「そうね。王国で骨細工の縁があったわね。あの悪趣味なやつ」


 骨細工、という言葉にカナメは「本人」だと確信する。

 王国、悪趣味な骨細工。それから連想する「ダリア」は、一人しか居ない。

 帝国の特務騎士隊の隊長ダリア。

 王国でのソウルトーチを巡る騒動の際に共闘した彼女が……カナメの記憶とはほぼ別人な姿で、そこに居た。

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