ゲーテスの街2

「……外れかもしれねえな」


 街に出てからしばらくたって。エルは、唐突にそう呟いた。

 このゲーテスの街は避暑地ということもあって食堂や土産物屋の類もあるが、秋も近くなってきたこの季節ではそういう客が見込めない為か、閉めている店も多い。

 この時期に開いている店といえば地元向けの店であり、ダルキンの向かったような大きな商店程のものはない。

 

「どうする? オズマ様よ。もう少し見て回るか?」

「うーん、そうだな……まあ、ちょっとその辺の店で話を聞いてみようか」

「あ?」


 疑問符を浮かべるエルに答えないまま、カナメは笑顔を浮かべ近くの果物を売っている店に入る。


「やあ、こんにちは!」

「ん? ああ、いらっしゃい。見ない顔だけど、この時期に観光かい?」


 暇そうにリンゴを磨いていた店主にカナメは「今のところは観光ですね。一応旅の宝石商などやってはいるのですが」と答えて笑う。


「へえ、宝石商さんかい。ならどうだい? うちの自慢の宝石たちをお一つ」

「おや、これはご商売が上手いですね。折角ならこの辺りでしか食べられないものなどを頂きたいものですが」

「そんなもんがあれば、この街ももっと活性化するんだがねえ。だがリンゴは平地のものより美味いぜ。ほら、色もいいだろう!」

「なら、それを私とそこの護衛の彼の分を1つずつ頂きましょうか」


 磨いていたリンゴを見せつけてくる店主の前にカナメは笑顔で銀貨を置き……それに店主が手を伸ばそうとした瞬間に、カナメはもう1枚銀貨を載せる。


「おいおい、一枚でも充分に釣りがくるぜ?」

「いえ。私は宝石商だと言ったでしょう? ここらでちょっと稼ぎたいなと思っておりまして。少しばかり高価な石をご入用な方などをご存知ではありませんかね?」


 カナメの言葉に店主は「あー」と言うと頭をトントンと指で叩き始める。

 何かを思い出すようなその仕草に、カナメは少しの期待を込め……しかし「期待はそんなにしてません」とでも言いそうな笑顔を浮かべる。

 そんなカナメに意地でも何か答えを出してやろうと考えたのか、しばらく店主は唸るが……やがて「ダメだ」と両手をあげる。


「考えてみたが、領主様しか思い浮かばねえや」

「領主様、というとヴァルマン子爵様ですか」

「おう。子爵様なら金も持ってるだろうしな。ここ最近も大きな買い物したんじゃねえかって噂だしよ」

「へえ……宝石で無ければ良いのですが。その辺りどうでしょうかね?」

「ハハッ、そりゃ分からねえよ! でも何度か馬車が出入りしてたって話もあってよ。この街で一番でけぇプレネ商会の旦那が「自分を通してくれればいいのに」って不貞腐れてたって話だぜ?」

「確かにそうでしょうね。大きな話が自分の頭上を通り過ぎたとあれば、商人としては何とも悔しい話です」

「違いねえや」


 ハハッと笑い合った後、カナメはリンゴを2つ掴み取る。


「まあ子爵様と取引など無理でしょうが、折角です。お屋敷見物くらいはしておきましょう」

「おいおい、大した話できなかったぜ? いいのかい?」


 銀貨を指し示す店主に、カナメは笑って返す。


「いえいえ。子爵様が大きな買い物をする方だと知れました。ひょっとすると私のような者にもチャンスがあるかもしれない。これは大きな情報ですよ?」

「おう、そうかい……兄ちゃん、若いのにしっかり商人してんなあ」

「いえいえ。しっかり店を構えている方には敵いませんよ」


 そんな事を言いながらカナメは店を出て。そこで何やら不思議な顔をしているエルにリンゴを渡す。


「……なんだよ、妙な顔して」

「いや……まるでベテラン商人みたいだったからよ」

「……エルもあの地獄を味わえばいいんだ。そうすりゃ分かるよ」


 目からすっと光が消えるカナメにエルは何があったか追及するのをやめ、リンゴを齧る。


「ま、まあ……結構な情報をゲットできたじゃねえか」

「ああ。あとはお屋敷見物と行こう」


 といっても、この街で一番大きな屋敷……というより建物は、中央に見える小さな城くらいしかない。

 4階建のその城は聖都の大聖堂のような大きさこそないものの、一見して権力者が住む城だと分かる立派なものであったからだ。

 カナメ達がそこへ歩いていくと壁と堀に囲まれた城の様子が露になる。

 

「うへえ……」


 呟いたエルの視線の先には、しっかりと閉じた門と……槍を構えギロリと周囲を睨む門番達の姿。

 アレが通常なのかもしれないし子爵の居城ともなれば当然の警戒態勢なのかもしれないが……事前に話した「怪しい場所」の条件にここまで合致しているのを見ればエルでなくとも「うへえ」と言いたくなる。


「おい」


 城を見上げていたカナメの肩に手が置かれ、カナメは落ち着いた様子を崩さないまま振り返る。


「はい、何か?」


 そこに立っているのは、城の門番と同じ制服を着た男二人。恐らくは子爵領の騎士なのだろう、「護衛」役のエルが制止しなかったのはそういうことだ。


「此処で何をしている?」

「はい。こちらに立派な城が見えましたもので。恐らくは子爵様のお城であろうと観光がてらに拝見しておりました」

「観光……こんな時期にか?」

「商売になれば最高ではあるのですがね。どうですか騎士様、宝石などは。手頃な石から高価なものまで、一通り取り扱っておりますが」


 カナメがそう言って笑顔を浮かべると騎士は煩そうに手を振って払いのける。


「行商人か。子爵様に何か売りつけようというなら無駄だぞ。さっさと次の街にでも行ってしまえ」

「ハハハ、これは手厳しい。勿論悪い商売など致しませんが、何もしないのも行商人としては失格。せめて話の種でも仕入れねばというところです」

「それなら絹でも仕入れていけ! ほら、さっさと行った行った!」


 追い払われるようにカナメ達は遠ざけられ、しかし二人の目は真剣なものになる。

 明らかに怪しい。

 その確信に近い感情を持ったまま、カナメとエルは歩いていく。

 ……だからこそ、殺気の全く籠っていないその視線に気付いていなかった。

 ほんの一瞬向けられた……それこそすれ違う人を見る程度の、そんな自然な視線を向けた緑髪の人物がいたことに……カナメもエルも、気付かなかったのだ。

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