ゲーテスの街

 山道を進む事、三日。驚くほど何も起こらないままにカナメ達はヴァルマン子爵領の中央、ゲーテスの街へと到達した。

 山も含めた全てがヴァルマン子爵領ではあるが、その中心にあるゲーテスの街を含めた中心部は山に囲まれた高台であり、夏場の避暑地としてそれなりに有名な場所でもある。

 そんな街の宿の一件「青紫の羊亭」の窓から、カナメは街を眺めていた。

 

「……なんだか、のどかな街だな」


 そんなカナメの感想も当たり前のものだ。

 ゲーテスの街は周囲を囲む壁の類もない。山という天然の要塞があるのもそうだが、ダンジョンもない為「決壊」の危険性もないし儲け話もない為怪しげな者も来ない、精々獣程度……だが、それすら山の恵みでなんとかなっているせいで街まで下りてこないと、危険性の類がゼロに近い日々を送っているせいだろう。

 住人ものんびりとしており、街には宿の呼び込みなどもいない。

 幸いにも他の宿泊客はなく、カナメ達は青紫の羊亭の三階を貸し切り拠点としていた。

 アベルにも二階の一部屋を借りていたが、アベルは旅の疲れが出たのか寝てしまっているようだった。

 まあ、それはそれで丁度いいのだが。


「で、ここからどう動くんだ? つーか一番デカい街来ちまったけどよ。実は周りの小さい街ってことねえのか?」

「可能性がないわけではありませんが、攫われた子供達の事を考えるに「大きな街」で無ければ犯人側にとって不都合なのです」


 エルの疑問に、ダルキンはそう答える。

 攫われた子供が一人や数人程度というのであればともかく、クランに届いただけでも相当な人数が短い期間の間に何者かによって誘拐されている。

 そんな人数を小さい街に運び込めば馬車に隠しても目立つし、何度も同じ場所に運び込めばそれだけで噂になる。

 子供を何に使っているのかは分からないが、どうせ真っ当な目的でもない。物資だと偽るにも限度があり、つまり「何度馬車が出入りしても問題がなく、またある程度隣近所に無関心な大きな都市」である必要があるというわけだ。


「更に言えば、何度馬車が出入りしても問題がないような身分、あるいは立場の家ってことか……」

「その通りです。第一候補としては商会ですな。裏で人身売買を行っていたクズのような商会を私も幾つか知っております……まあ、今は文字通り屑になっておりますが」


 屑というよりは土ですかな、などというダルキンの言葉を聞かなかった事にしながら、カナメは「それなら」と言う。


「この街にある商会の中でも大きめのものが怪しいということになるけど……どうしたものかな」


 なにしろ、相手はゲーテスの街に店を構えている商人だ。

 旅の宝石商ということになっているカナメ達の話を聞いてくれるかなど分からない。

 話を聞いたところで、まさか「貴方達誘拐してますか」とか「誘拐事件について知ってますか」などと聞けるはずもない。

 そうするとどうするかという話になるのだが……ダルキンは何でもなさそうに「直接調べればよいでしょう」と宣言する。


「直接って」

「私が軽く調べましょう。なに、慣れたものです」

「……一応聞きますけど、やり方は」

「もし誘拐した子供達を店の何処かに隠しているのであれば相応に食料品の搬入が増えます。一番良いのは取引の現場を押さえる事ですが……まあ、こちらについては望み薄ですな。しかしまあ、騒ぎを起こして子供達を逃がすくらいであれば」


 予想を遥かに超えた実力行使にカナメは頭を抱える。それはすでに「調べる」の域を突破しているが……しかしまあ、もし子供達が捕らえられている現場を見つけたのであれば放置するというのも拙いだろう。


「まあ、それしかないの……かな」

「相手は非合法な事やってる連中だしな。何もかも綺麗にってわけにゃいかねえだろよ」

「……だな」


 そう言ってカナメは溜息をつき、ダルキンへと向き直る。


「ではダルキンさん、お願いします。俺は俺で街中を回ってみます」


 商会が怪しいといっても、そうであると決まったわけではない。商会では無い何者かである可能性も充分にあり、そういう連中のアジトは何処かに違和感があるはずだ。

 たとえば妙に壁が高いとか、見張りが殺気立っているとか……そういう「何か」が絶対にある。


「ええ。とはいえ行商人がウロウロしているだけというのも問題ですから、そうですな。この街を見て、観光がてらに何か良い商売のタネがないか探している……というのが良いでしょう」

「てことは、俺は護衛か。下で寝てるアベルの奴はどうすんだよ?」

「ルウネを残せばよいでしょう。ついでに宿の者に夕食の用意を頼んでおきますので、そうすれば街に出る事もありません」


 アベルが起きていたら「俺も何かします」と言い出しそうだが、残念ながら現時点では彼に出来る事は何もない。

 むしろ邪魔をしないでくれるのが最大の助けだろうか。


「置いてっても良かったんだろうけどよ。一応犯人の顔知ってるっつーメリットもあったしなあ」

「犯人の罠じゃないなら、むしろ置いていくと寝覚めの悪い事になりそうだったから……保護して正解だったと俺は思うけど、な」

「私もそう思う、です」


 一人残されることになったルウネが少し不満そうな顔をするが、流石に「誰も居ない」のではアベルも何かを察して役に立とうと頑張ってしまう可能性がある。

 だからカナメは「ごめんな」と言いながらルウネの頭を撫でるのだった。

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