ヴァルマン子爵領へ

 朝早い時間帯は、宿場町の中央の道は馬車優先となる。

 ガラガラと音を立てて出発する馬車が進む姿は宿場町の風物詩ではあるが……実際には出口付近で護衛の冒険者達と合流する為、実際に山道へと入るのはしっかりとした作戦が出来てからだったりする。

 大規模なものになればなるほどその時間は長くなるため、個人で移動する者などは早々に山の中に入ってしまうのだが……実のところ、然程何か「凄いもの」があるわけでもないヴァルマン子爵領に行く馬車は然程多くない。

 山を迂回して別の街や領に行く「平和なルート」を通る馬車も多く、のんびりと護衛の到着を待っている者も少なくない。

 そして、カナメ達の馬車もまた「名目的に護衛ということになっている」少年を待っていた。


「そろそろ時間だよな」

「そうだなあ」


 そんな事を言いながら、エルとカナメは周囲を見回す。

 結局ダルキンの尾行の結果「何かの合図を含む怪しいものとの接触は無し」という結果になり、ひとまず問題はないだろうという結論が出された。

 しかし、もし何かの手先……たとえばその場で合図をして何かをしようと企むような盗賊の手下などであった場合を考えると、御者をさせるわけにも馬車の中に入れるわけにもいかない。

 となると、御者席で警戒の真似事でもさせていたほうが良いという話になるのだが……山道での馬車の運転の難しさも考えると、ダルキンかルウネでないと難しい。

 ……そこでダルキンが馬車を運転し、アベルがその横という事に決まった、のだが。


「お、来たぜ」

「おはようございます!」


 遅刻にはならないギリギリの時間といったところだろうか。

 荷物を背負ったアベルが走ってくるのが見える。

 ダルキン曰く、昨日は広場でジャグリングをして稼いでいたらしいが……そういう風に芸人の真似事をして路銀を稼いでいたのかもしれない。

 そうでなければ、アベルのような子供が入手先不明の大金を持って旅をしている事になってしまう。


「ま、間に合いましたよね?」

「まあな。ギリギリってとこだ。俺は馬車の中での警護に回るから、お前はそっちのサマルの爺さんの警護と周囲の警戒だ。そのくらいは出来んだろ?」

「は、はい! スラッシュモンキーくらいなら倒した事ありますから!」

「なんだ、結構経験あるんじゃねえか。討伐依頼か?」

「はい。途中の冒険者ギルドで路銀稼ぎに……」


 何やら話が弾み始めたらしいが、そのなんとかモンキーというモノに聞き覚えのないカナメが疑問符を浮かべていると、ルウネがこそっと囁いてくる。


「モンスターではないです、けど。危険な獣です。石を研いで武器にする知恵持ってるです」


 別名「森の強盗」です、と言うルウネにカナメはなるほどと頷く。

 スラッシュというからには石のナイフ程度の武器を持っているのだろう。

 出会った事はないが、想像するからに結構危険そうだ。


「アベルは、冒険者だったんだな?」


 カナメがそう声をかけると、アベルは緊張したようにビクッと身を震わせる。


「そ、そんな大層なものじゃないですオズマ様! ただスラッシュモンキーって山に結構出るんで、追い返す方法は誰でも知ってるっていうか……あ、勿論剣の修行もちゃんとしてましたけど!」

「それでも凄いじゃないか。どうやって路銀稼いでるのか心配だったんだ」

「あ、えーと。此処みたいな場所だと、ちょっとした芸でも稼げますし。冒険者ギルドあるとこだったら、薬草摘みとか……雑用もしてましたけど。ですから警戒は少し経験あります」


 照れたように言うアベルに、カナメは納得する。

 カナメは冒険者ギルドとほとんど関わりがないままきてしまったが、ひょっとするとアベルのように地道にやっていたのかもしれなかった。

 しかし、それ故に誘拐された幼馴染を探すというアベルの事が心配になった。


「そうか。でも何度でも言うけど、現地で暴走しないようにな」

「はい! むしろ事情を分かってくれる人がいて救われた気分です!」


 キラキラとした目で言うアベルに、カナメは思わず目を逸らしたくなる。

 カナメの事を「自分に協力してくれる頼れる大人」とでも思っているのかもしれないが、実際にはアベルの事を警戒して偽りの名前と身分を名乗ったままだ。

 まあ、ダルキンにも「情に流されて本名をうっかり言ったりしないように」と言われているのでどうしようもないのだが。


「まあ、とにかく行こう。場所空き待ちをしている馬車もいるしな」

「はい! サマルさんもよろしくお願いします!」

「元気でよろしいですな。では御者台に」

「そんじゃ、オズマ様も馬車に乗りな。雇い主より先に乗るわけにゃいかねーからな」


 ニッと笑うエルに、カナメは「ああ」と返す。エルは大雑把な性格をしているので口調は変えない方がボロが出にくいだろうという判断でそのままだが……その様子も、アベルはキラキラした目で見つめているのが見えた。

 雇い主に信頼されたベテランの風格にでも見えたのだろうか、まあ目論見は成功のようだった。


「……ま、いいか」


 そんな事を呟きながら、カナメは馬車に乗り……やがてゆっくりと、馬車は動き出した。

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