これからの指針

「似たような事件って……シンシアみたいなのが他にもいるんですか!?」

「静かにね。さっきから君、声大きいから」

「あ、はい……すみません」


 素直に声を小さくしたアベルにカナメは笑って「そう、それでいいよ」と頷く。


「関連していると分かったわけじゃない。でもまあ、俺達はそれについて調べてると理解してくれていい。君を助けるのも、その一環だ」

「はい。俺に何か出来る事はありますか?」

「無茶をしない事かな。あとは、俺達の指示に従う事。君が何かをやらかすことで犯人に警戒されたら意味がないからね」


 笑顔で言うカナメにアベルは気圧されたようにゴクリと喉を鳴らし……やがて「はい」と頷く。


「うん、ならまた明日此処で……えーと、出発は」

「三の鐘です」

「ありがとう、ルウネ。出発はその時間になるから、それより前にこの宿の前に来てくれるかな?」

「はい! それでは失礼します!」


 一礼して部屋を出ていくアベルを見送ると……カナメは疲れたように背伸びをする。


「……一応ダルキンさん、お願いできます?」

「ええ、勿論です」


 そう言い残しダルキンの姿は消えるが……カナメは憂鬱そうに溜息をつく。


「お願いするって……まさか尾行か?」

「ああ。全部作り話だって可能性も否定できないし。疑いたくはないけど、無条件に信じるわけにもいかないだろ」

「まあな」


 単純に人の良さそうな奴を作り話で誘き出す盗賊の策だという可能性だって充分にある。

 フェドリスの件を考えれば「疑わない」という選択肢がまず存在しない。


「とにかく、アベルの言った事が本当ならある程度犯人像は絞れた……と思う」

「ヴァルマン絹ですか」

「そう。そういうのって多分、特産品だろ? しかも輸出品だと思うんだよ」


 ヴァルマン子爵領は山に囲まれているのに鉱山に恵まれない貧乏領地。

 そんな中で絹のような高級なものは領地に多量の金をもたらす手段であるはずだ。

 当然、領内には限られた数しか出回らないはずであり……着ることが出来る者も当然限られてくる。


「でもよ、さっきの話だと行商人も怪しくねえか? 裏で違法な人買いやってたとしてもおかしくねえし……護衛が……あ、いや。護衛ったって雇いの冒険者に高級品なんか着せねえか」

「それは分からないけど。でも、子供だけ攫われてる点とも関係してるような気がする」


 そう、今回の件は「子供だけ」攫われているのだ。

 それもおおよそ13歳以下の小さい子供ばかりだ。

 一般的に人攫いの類が抵抗されにくい女子供を狙うのは珍しくないが、それも「売り手が確定している」からこそ起こる事案である。

 もっと言えば、似たような地域で連続して発生するようなものではない。

 違法な人買いと比べると人攫いは完遂するまでのリスクが高すぎる為、やる方も最後の手段的に行うのだ。

 ならばそれぞれが別の犯行かといえば、これだけ状況が整い「似たような事件」が発生していれば「それはありえない」という結論しか出てこない。


「そんなに子供攫ってもなあ……どっかに鉱山が見つかったにしても、子供じゃ掘れねえだろうし」

「鉱山かどうかはともかく、山の中に隠してるって可能性はありそうだよな。でも、目的が見えない……な」


 エルの言う通り、鉱夫にするには子供では体力が無さ過ぎるし、合法的な人買いを派遣して大人の鉱夫を雇った方が余程いい。

 それをしない理由……あるいは、できない理由は何か。


「あ! 実は有望な鉱山があって、子爵に内緒で掘ってるってのはどうだ? 子供を使うのは大人だと逃げられるかもしれないから……とかよ。数集めるのは、大人程力も体力もない分をカバーしてんだ」

「……だとすると、急がないといけないけど。ますますダルキンさん連れてきてよかったな」


 もし何処かに秘密の鉱山があるとすれば、情報収集力がカギになる。

 信用できるか分からない見知らぬ情報屋を頼るよりも、ダルキン一人居た方が余程いい。


「ルウネも……まあ、大丈夫だとは思うけど気をつけなきゃな。少なくとも攫われた人達と同じくらいだし」

「ハハ。ルウネちゃん攫うのとドラゴンを攫うの、どっちが難しいだろうな?」


 茶化すエルを無視しながら、ルウネはカナメの後ろに回って肩を揉み始める。


「ルウネは、大丈夫です」

「ああ」

「もう、絶対に」

「え?」


 振り返ろうとしたカナメはしかし、頭をマッサージし始めたルウネの手に遮られて振り向くことが出来ない。


「カナメ様。今回の件、場合によってはお爺ちゃん、本気出すです」

「……そっか」

「棒を持ってきてないのが、その証拠、です」


 ルウネの言葉にカナメはそういえばそうだな……などと思い出しエルも「あー」などと頷いている。

 そう、今回のダルキンは剣を持ってきていたが役作りだろうとそんなに気にしていなかったのだ。


「あの爺さん、最強のバトラーナイトなんだろ? 実際どのくらいやるんだ?」

「たぶん、刃物持たせたら。斬れないものは、あんまりないです」

「あんまりって」

「まだ神は斬った事ないって、言ってたです」

「……カナメ、斬られないようにしとけよ」


 そんなエルの冗談にカナメは思わず引きつった笑いを返すのだった。

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