少年アベル

 そうして連れてこられた少年……アベルは、ダルキンをチラチラと気にしながら部屋の中に立っていた。

 部屋に椅子は一つしか無く、カナメはその椅子に座りエルはドアの外で警備の真似事、ダルキンとルウネはカナメの近くに立っている。

 いわゆる「商人と従者、護衛」を装った結果だが……アベルはゴクリと喉を鳴らし意を決したように頭を下げ叫ぶ。


「は、はははは……初めまして! 俺、カラチ村のアベルです! どうか俺を一緒に連れて行ってください!」


 頭を下げたまま動かなくなるアベルに、カナメは努めて温和な口調で「まあ、落ち着いてください」と話しかける。


「話はサマルから聞きました……が、俄かに信じられません。貴方が見たという人攫いの話、直接聞かせていただけませんか?」

「は、はい! えっと……あれは俺が森に特訓に行ってた時の話なんですけど」

「特訓?」

「……えっと、冒険者とかに憧れてて」


 言いながらアベルは照れたような顔をするが、見た感じ12か13くらいに見えるアベルぐらいの頃にそういうのに憧れるのは珍しくない……らしい。

 とにかく、そうした理由でアベルが森の中で棒を振っていた時に、それを発見したのだという。


「……俺達の村だと、狩りとかが主な収入源になるんですけど。女の子とかは山菜採りをすることもあるんです。あいつも……シンシアもそういうのが得意で」


 だからシンシアを森の中で見かける事自体は珍しくなかった。

 ……だがその日、シンシアは一見冒険者にも見える男達に襲われていた。

 アベルの居る高台の下。よくスープに入れて食べる山菜が生えている辺りで採取をしていたシンシアは男達に袋を被せられ、縛り上げられてあっという間に運ばれていったのだ。

 その鮮やかすぎる手際にアベルは何が起こったのか分からないまま棒を取り落としてしまったが……すぐに人攫いだと気付き叫んだ。

 近くにいるかも分からない猟師の男の名前を叫んで人攫いだと騒ぐアベルに、男達は初めてアベルに気付いたかのように振り返り……すぐにシンシアを担いで逃げて行った。


「だから俺、すぐに村に戻って大人に言ったんです。シンシアが攫われたって」


 丁度村には行商人が来ていた頃で村にはそれなりの数の大人達がいたが、それでも小さい村で全員合わせてもそれほど人が居るわけでもない。

 慌てて捜索しても其処には地面に落ちたシンシアのカゴしか無く、夜までの必死の捜索も空振りに終わった。

 行商人も嫌な空気を察したのかさっさと出て行ってしまい……山を下りた村長が騎士団に訴え出ても反応は鈍かった。

 だからといって冒険者ギルドに頼めば高い金がかかることは分かっており、ゆっくりと「許せないが仕方ない」という空気が村の中では出来上がってしまっていたのだ。


「……そのシンシア、ちゃんのご両親は」

「居ないんです。シンシアの親は死んでて、村長の家で世話になってたから」


 ……なるほど。そういう理由であればクランまで話がこなかったのも納得がいくとカナメは思う。

 なんとしてでも見つけたい、と思う者がシンシアには居なかったのだろう。

 ひょっとすると、そういう事例が表に出ないだけでかなりの数あるかもしれない。


「だから! 俺、必死で調べたんです! あいつらの喋り方とか服とか、なんか変だったから! 街まで下りて、色んな人見て! そしたらヴァルマン子爵領訛りとかヴァルマン絹とかそういうのが分かって!」

「……絹」


 一般的な冒険者の服は絹などではなく、もうちょっと安めの分厚い布を加工したものだ。

 絹の服がないこともないが、そういうものは大抵華美に加工され冒険者向きでは無くなっている。

 そこに各種の魔法をかければ更に高くなり、野宿などで乱雑に扱われる事の多い冒険者用の服としては敬遠される方向にある。

 そんなものを人攫いが着ているというのは、少しばかり違和感のようなものがある。


「でもそれが分かっても騎士団は相手にしてくれなくて! だから俺、直接行ってシンシアを助けようと思ったんです!」

「……具体的に、助ける方法は?」

「わ、分からないですけど。でもシンシアを連れて騎士団に駆け込めば……」


 カナメは困ったように頭を掻く。騎士団が相手にしてくれないから自分で旅に出たのに、結局騎士団を頼りにしている。

 騎士団はこの世界における治安維持組織であるのだから当然の考えとも言えるが、少々無茶でもある。

 ……だが、たぶん悪い子では無さそうではあるし。放っておいたら寝覚めの悪い事になりそうだ。


「……三人とも。彼を連れていく事にしようと思うけどどうかな?」

「そう決められたのであれば異論はございません」

「同じくです」

「俺もだな」

「えっ、あ、ありが……!」

「ただし。君は無茶をやめて俺達の指示に従う事。できるかな?」


 口調を元のものに戻したカナメにアベルは戸惑いながらも「は、はい!」と返事する。


「なら良し。じゃあしっかり自己紹介しようか。俺はウルテラ商会のオズマ。ちょっと事情があって、君の幼馴染と似たような事件を調べてる……勿論、これも秘密だぞ?」


 カナメ・ヴィルレクスという名前は隠したまま……カナメは、そう言って笑った。

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