山の手前の宿場町3

 少年の名前は、アベル。この場所……トルフェの宿場町のあるデモンド男爵領の端っこ辺りのカラチ村とかいう村の出身である……らしい。

 そしてこれが重要なのだが、アベルは幼馴染の少女を探しているという。


「今回の話に無関係じゃないってことは……その子は誘拐された可能性があるってことなんですよね?」

「その通りです。少年は、どうにもその現場を見たようですな」


 ちなみに、クランに届いたリストの中にカラチ村の名前はない。


「漏れてたってことは……」

「ありませんな、カラチ村からの依頼自体がございません」


 ダルキンが言うからには、それは確実だ。

 となると、何故カラチ村から依頼が出ていないのか。

 何故アベルはこんな場所にいるのか。

 何故カナメ達に接触してきたのか。

 カナメの中にはフェドリスの事が浮かぶが……それを頭から振り払う。


「そもそも、なんだってカナメに接触しようとしてきたんだよ」


 考え込むカナメをそのままに発されたエルの疑問は当然のものだ。

 アベルにどんな事情があるにせよ、わざわざカナメに接触する理由がない。


「それがですな。どうにも「人が良さそうな相手」を探していたそうでして」

「は?」

「え?」


 思わずカナメも顔をあげて聞き返すが、ダルキンは軽く肩をすくめてみせる。


「つまり、あの少年はヴァルマン子爵領に行きたい。しかし一人で山を登る実力はなく、当然護衛として潜り込む実力も威厳も無い。護衛を雇うには金がない。となると打てる手は「人が良さそうな誰か」に同行する形でヴァルマン子爵領入りするしかない、というわけですな」


 そう、山道は危険だ。野営するにも一人では見張りも出来ないし、寝ている間に荷物を奪われた間抜けも数えきれないほどにいる。

 大規模な護衛団に潜り込むには「戦える」ことを証明しなければならないが、アベルは控え目に言っても強くは無さそうだ。当然、金を払って雇いたいと思う人間は少ないしタダであっても足手纏いはいらないと言う者も多い。

確かに数合わせで雇って貰える事もあるのだが……それは余裕がある時の話であり、大規模都市間を移動する商隊のような雇い主である場合が多い。

 そして護衛を雇うには多額の金が必要だ。どこぞの村の少年が払えるような金額で済む事は絶対にない。

 強そうな人達の後ろをついていくという手もあるが、置いていかれても当然文句は言えないし襲われても助けてくれるかは分からない。


「……だから「ついていく」許可をとろうってか。まあ、誠意はあるか? あんまし感心はしねえけどな」

「アリサが聞いたら怒りそうな話だよな」


 アリサは、護衛依頼は金をジャブジャブ取れる仕事だと言っていた。

 冒険者の身体と行動は商売道具だとも言っていたし、タダ働きにはあまり良い顔をしないだろう。


「護衛、手伝わせればいい……です」

「手伝わせるって。そんな役に立つか分かんねえのに振れる仕事なんかあるか?」

「剣持って威嚇くらいなら出来るです。逃げなければいいだけの、簡単な仕事です」

「あー、なるほどな」

「え? どういうことだ?」


 納得するルウネとエルの様子にカナメは疑問符を浮かべるが、ダルキンが「案山子のようなものですな」と補足してくれる。


「獣だろうと盗賊だろうと「敵」がいれば警戒するものです。無いよりはマシ程度のものですが、確かに役に立たないということはないでしょう。問題があるとすれば、彼を連れて行くことによる影響ですな」

「……誘拐犯に警戒されるってことですよね」

「その通りです。どれだけ拙くとも、自分達を探る者がいるという事実は犯人を警戒させます。ですが……」


 そこで、ダルキンは一度言葉を切る。

 正直に言って、アベルを連れて行くメリットはほとんどない。

 アベルの行動は空振りに終わるだろうし、ひょっとすると犯人に殺される可能性すらある。

 それはそれでダルキンがその尻尾を掴む糸口になるが、まあそれは言えない。

 言えないが……アベルを連れて行くメリットがあるとすれば、ただ一点。


「あの少年、目端は利きます。僅かに見ただけの誘拐犯から、ヴァルマン子爵領に幼馴染が連れて行かれた可能性を見つけ出した。これは中々出来ない事です」


 そう、ダルキンがアベルを門前払いしなかった理由はそこだ。

 犯人の僅かな訛りや装備などから、アベルはヴァルマン子爵領に何らかのヒントがあると掴み取っていた。

 それはただの村の少年には出来ない事であり、同時にアベルの才能の片鱗でもあった。


「私の見る限り、あの少年には罠士の才能がありますな。鍛えればそれなり以上にはなりそうです」

「へえ、爺さんに「才能がある」って言わせるのは中々なんじゃねえの?」

「いえいえ。エル殿にも才能が有りますよ?」

「お、英雄の才があることなら知ってるぜ?」

「非モテの才能ですな。結構な好漢だというのににそれだけモテないのは才能を感じます」


 よろけて壁をドンと叩くエルが「好きでモテねえんじゃねえんだよ……」などと愚痴り始めてしまったが、それはさておき。


「貴重な目撃者でもあります。カナメ殿が判断することではありますが……どうされますかな?」

「会ってみよう。ダルキンさん、彼をこの部屋まで連れてきてくれますか?」

「承りました」


 そう言って一礼するとダルキンが消え、下から驚いたような声が聞こえてくる。

 その速すぎる動きに、カナメは思わずルウネをじっと見てしまう。


「……ワープとかしてないよな?」

「ワープってなんです?」

「あー……いや、なんでもない」


 たぶん超高速移動か何かなんだろう。

 そう自分を納得させて、カナメは軽く息を吐いた。

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