山の手前の宿場町2

 輝くクラゲ亭の二階の部屋の最奥の二部屋をとったカナメ達は、その最奥……カナメとルウネの部屋に集まっていた。

 本来ならば議題は色々とあったはずなのだが、目下の問題は一つだ。


「……どう思う?」

「あー? そうだな……放っておいてもいいと思うけどな。まさかあんなガキが強盗ってわけでもねえだろうし」


 エルは言いながら、僅かに開けた窓の外へと視線を投げかける。

 そこには変わらず少年の姿があり……宿をじっと見ているのが分かる。

 その視線は入口に固定されているようだが、気付かれる前にとエルは窓をそっと閉める。


「しかし、宿場町で手頃な相手に目をつける見張りの類でないとは言い切れません。警戒はしておくべきでしょうな」

「え、そういうのいるんですか!?」

「いますとも。場合によっては護衛を装う事もありますからな」


 そう、そういうパターンは実に多い。

 冒険者のフリをしてグループで護衛として潜り込み、商人を殺してしまうパターン。

 個人で潜り込み、偽情報を流して混乱させるパターン。

 まあ、この辺りが「よくあるパターン」だが、それを防ぐのも商人同士のネットワークであり宿場町の自警団でもある。

「護衛に行ったはずなのに町にいる奴」などの情報はすぐに共有されるし、怪しい奴として事情聴取や連行などもあり得る。

 それを考えれば、あの如何にも行動の怪しい少年はそういう対象ではないということになるのだが……だからといって盗賊の手先でないなどとは言えない。


「じゃあ盗賊の類じゃないとしたら……どんな用事なんだと思う?」


 そのカナメの言葉に、全員が考えるように黙り込む。

 当然ながら、誰かの知り合いではない。

 商人は掃いて捨てる程居るし、その中でわざわざカナメ達を選ぶ理由は何か。


「護衛ってのはどうだ? 見た目だと護衛は俺一人に見えるだろうしよ。売り込み狙ってるってのはあり得るセンだぜ」

「だとしたら、あの広場で幾らでも募集してるです」

「うっ、そりゃなあ……」

「軽く見た感じですと、彼はそう強くはありませんな」


 ルウネとダルキンのツッコミにエルは困ったように頭を掻くが「だったら何か」という話になれば答えが出てこない。

 カナメも先程少年を見たが……短く刈り込んだ茶髪の髪と、濃茶色の目。

 やんちゃ少年といった感じの生意気そうな風貌は、あまりスレていないようにも見受けられた。

 着ている服は普通で、革鎧もあまり汚れてはいない。ダルキンの言う通りに強くないか、経験が浅いのであろう事も充分に推測できる。

 腰に提げていたのは、恐らくは普通の鉄の長剣か何かのはずだが……これも言ってみれば初心者用の装備だ。

 背中には盾も背負っていたが、この辺りは冒険者としては普通だろう。


「うーん。直接話してみるっていうのはどうだろう?」

「確かに、それが一番早いですな」

「護衛希望だったらどうすんだよ?」

「断ればいいです。別にいらないですし」

「まあな」


 傍目には護衛はエル1人に見えるかもしれないが、実際には戦闘要員4人なのだ。

 しかもそのうち2人はメイドナイトにバトラーナイト。

 この時点で戦力過剰に過ぎる。


「護衛希望、ねえ……」


 断る方向で話を進めている3人とは逆に、カナメは考え込むように呟く。


「どうしたですか?」

「んー……護衛の仕事って確か「美味しい」んだよな?」

「程度の差はあるけどな。それがどうした?」

「いや。強いって自信があるならともかく、そうでないなら他に強そうな護衛がたくさんいる所に行けばいいのになって。だって人数少ないと一人あたりの責任範囲が大きくなるだろ?」


 そう、護衛は「身体を張って守る」仕事なのであって、当然それなりの強さが求められる。

 勿論数を揃える事で「襲わせない」体制づくりをする商人もいるので、そういう場合は多少弱くとも数合わせで雇ってもらえることもある。

 あの如何にも「新人です」といった風体の少年の場合は、護衛希望であればそうしたところに潜り込むのが一番稼げる道であるようにカナメには思えたのだ。

 もし護衛の少ない所に雇ってもらったとしても、その場合は少年自身が剣を振るい盗賊なり獣なりを撃退する必要が出てくるのだ。

 

「なんで俺なんだろ……」

「そう考えると、やっぱ盗賊の手先なんじゃねえかとも思えてくるな」

「とりあえず行ってきましょう」


 そう言うとダルキンは無音で部屋から消え……エルがギョッとしたように部屋の中を見回す。


「おい、あの爺さん今部屋から消えなかったか!?」

「あー……俺はハインツさんで慣れた。なんか超高速で移動してるらしい」


 ハインツも今のダルキンのように目の前で消えたりするが、どうにもバトラーナイトやメイドナイトの基本技能であるらしい。

 試しに窓を開けてみれば、そこにはすでに少年に話しかけているダルキンの姿がある。


「……なんだアレ」

「土下座だ……流行ってるのかな、最近……」


 そう、そこにはダルキンに土下座をしている少年の姿があった。

 今の一瞬で何があったのかは分からないが……時間的なことで考えればダルキンの姿を見るなり少年が土下座したのであろう事も推測は出来た。

 何やら少年が話しているのは分かるが、いまいち良く聞こえてはこない。


「どうやら護衛ではなく、同行希望のようですな」

「うえっ!?」


 背後から聞こえてきた声にエルが振り返れば、そこにはいつの間に戻ったのかダルキンの姿がある。

 そう、窓の外にはすでにダルキンの姿はなく……少年が慌てたように周囲を見回しているのが見えた。


「同行希望?」

「ええ。しかも今回の話に無関係というわけでもなさそうですな」

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