山の手前の宿場町
ヴァルマン子爵領は山に囲まれている……というのは、言葉通りだ。
子爵領自体が「高原」に類される場所であり、その周りを更に高い山々に囲まれている。
帝国の国家事業として整備された道があるので難所というわけではないが、それでもグネグネと曲がりくねった山道を行くのは平地を行くのに比べれば相当に疲労するのは間違いない。
その為、山道の途中には宿場町があるし商業ギルドや乗合馬車ギルドによって休憩所のようなものまで設置されているが……実のところ、危険な獣や盗賊も出たりする。
その為、ヴァルマン子爵領の入口である山道の手前にある宿場町はすでに「宿場町」というよりは普通の町のような規模になってしまっている。
まあ、それでも宿泊業が収入の要なので宿場町の定義からは外れていないのだろう、が。
宿場町の門を抜けた先の広場では、何やら声を張り上げる者の姿が見える。
宿の呼び込みであれば「何処にでもある光景」なのだが……見たところ、そうではない。
「ムフェイヒの街までの護衛を募集しております! パーティ可、遠距離攻撃手段を持つ人も歓迎です! 一日あたり、帝国銀貨20枚! 別途成果報酬もありです!」
「共同で山越えを行う方を探しております! 条件面は都度調整で……!」
なるほど、どうやら山越えの護衛や仲間を探しているらしいとカナメは理解する。
確かに宿場町に入ってきたばかりの人であれば、そういう話に食いつく可能性も高い。
この分だと宿場町の出口でも似たような募集をかけていることだろう。
そんな事を考えながらカナメは窓から外の光景を見ていたが……馬車がガクンと停止する。
「はーい、申し訳ありません!この時間は馬車は此処までです! 先に進む場合は迂回路へ誘導します! お泊りの場合は銀貨3枚で明日の朝までお預かりできます!」
馬車の前に立ち塞がった青いバンダナに革鎧の誘導員らしき男が赤い旗のついた棒を掲げてそう叫ぶ。
「本日は泊まろうと考えておりましたが、そうなりますと停車場所はどちらになりますかな?」
「はい、ありがとうございます! 今でしたら馬車用の……えー、三番厩舎に空きがありますね! 誘導員の指示に従って移動ねがいまーす!」
どうやらあちこちに「誘導員」がいるようで、同じ格好の誘導員達があちこちで旗を振っているのが見える。
ダルキンもその誘導員達の指示に従って馬車を進め……「三番厩舎」であるらしい場所の前で馬車を止める。
「ようこそ、トルフェの宿場町へ! ご利用は一晩で銀貨三枚となります!」
「はい、ご苦労様です。ではこちらの馬車を預かっていただけますかな?」
「了解いたしました! えーと、商会様でよろしかったですか?」
「ええ。ウルテラ商会でございます。料金はこれで……」
「はい、帝国銀貨でのお支払いですね! ではウルテラ商会様の馬車をお預かりいたしました! こちら割符になりますので紛失されませんようお願いします! お荷物の方は大丈夫でしょうか?」
「問題ございません。持ち運びできるものだけを持ってきております故」
そう言うとダルキンはドアをノックし……そうすると、ルウネとカナメが出てくる。
そこにダルキンが入れ替わりで入り、待っていたエルへと荷物袋を渡す。
最後にダルキンが背負い紐付きの大きな箱を背負えば、それで終わりだ。
四人分の荷物袋を持たされたエルは不服そうだが、「護衛」という役割なので仕方ない。
世話役のルウネは勿論、「旅商人」役のカナメに持たせられるわけがない。
「さあ、それでは参りましょうオズマ様」
「ええ、明日からは山道ですからね。今日はしっかりと休まねば」
ダルキンの特訓によってそれっぽい振る舞いを何とか身に着けたカナメだが……どうにも周囲からの視線がザクザクと刺さる。
何かおかしいところでもあったかと冷や汗をかきそうになるが、ルウネがこっそりと囁いてくる。
「……冒険者が売り込みできそうか見てるのと、商売敵かどうかと探る視線です。気にしなくていい、です」
ルウネの囁きにカナメは頷き、前を向く。
いつもの弓も呼べば来るとはいえ置いてきてしまっているし、腰には扱いにまだ慣れていない剣を提げている。
まあ、実際に使う機会はほとんどないだろうが。
茶色っぽい旅装に、濃茶色のマント。まさに旅商人の基本のようなスタイルのカナメを「あいつは商人じゃない」と疑う者など居ないだろう。
宿場町の奥へと進んでいけば、早速様々な呼び込みがやってくる。
「どうですか若旦那さん! 飛ぶ青魚亭は料理の味も抜群! しかも今なら高級なお部屋にも空きがございますよ!」
「山登りの前には良いベッド! 銀毛の牡牛亭はどうですか!? 疲れもバッチリとれますよ!」
囲まれそうになるカナメ達だったが……ダルキンが「あの宿は如何ですか?」とカナメに声をかける事でサッと引いていく。
こういうものは押しが強い方が勝つが、勝率の低い勝負に延長戦を仕掛ける程呼び込みだって暇ではないのだ。
「任せます。サマルの良いようにしてください」
「承知しました」
そう言うとダルキン……いや、サマルは「輝くクラゲ亭」と書かれた宿の呼び込みに声をかけ始める。
こうして、カナメ達の宿の確保は無事に成功したのだが……。
「……どう思う?」
「間違いなくこっち見てるです」
一見冒険者に見えないことも無い少年がカナメ達をじっと見ているのに気づいたカナメは……「厄介事の匂いがするな」と、そう小さく呟いた。
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