新たなる「問題」

 聖国のクランに帰還してからのカナメ達は、実に忙しかった。

 アリサは念の為ということでディオス神殿やらルヴェルレヴェル神殿やらが後遺症の検査に来るし、エリーゼはハインツと共に王国と忙しくやりとりをしている。

 イリスは流石にシュルトに泣きつかれてレクスオール神殿の業務をしており……一緒に聖国にまでついてきたオウカはクラークと一緒にディオス神殿に毎日のように通って資料漁りをしている。

 ラファエラは聖国に帰ってきた後、またフラリと何処かへ出かけて行ったし……更に言うとレヴェルもルヴェルレヴェル神殿の神官全員による総土下座での懇願を受けて、嫌々ながらルヴェルレヴェル神殿の伝える教義について多少の監修をしているらしい。


 ……というわけで、カナメは日替わりでやってくるレクスオール神殿の神官騎士と訓練をしていたのだが……そういう時に限って、何か妙な話が舞い込んでくる。

 それを持ってきたのは、今日はナンパに行かなかったらしいエルだった。


「おーいカナメ、今ちょっといいか?」


 裏庭にやってきたエルの手にある紙束に気付き、カナメは「ん?」と言いながら振り向いて。


「隙ありィ! イィオアッ!」

「え!? あ、ズルぐあっ!?」


 神官騎士の裂帛の気合いを込めた拳で二階くらいの高さまで飛んだカナメはそのまま地面に激突して転がり……更にゆっくりとエルの方向へ二、三度ゆっくり転がった後に何事も無かったかのように顔をあげる。


「ごめん、待っててくれるか……ちょっとナザルさん! 今のは卑怯じゃないですか!?」

「何を仰いますか! 戦闘中に「ちょっと待った」が通用するはずも無し! そういう者に限って本番で「ちょっと待った」などと寝言を言うのです!」


 物凄い勢いで立ち上がって神官騎士に走り寄り、そのまま言い合いを始めるカナメにエルはしばらく呆けたように口を開けて……見学していたルウネに視線を向ける。


「毎回思うけど、レクスオール神殿流の訓練ってよぉ……いつか訓練で人が死ぬんじゃねえの?」

魔力障壁マナガードで死なないと分かってるから遠慮がないです。神官騎士同士だと、もう少し手加減、するらしいです」

「手加減って」

「訓練初日の夜に動けない奴は見込みなし、這って動ける奴と立って動ける奴は普通。先輩に仕返しの夜討ちが出来る奴は才能が有って、正面から殴りこんでくる度胸があれば、その時点で盟友……だそう、です」

「やっぱレクスオール神殿おかしいな」


 アルハザール神殿でもそこまではしないだろう。

 まあ、あそこはあそこで初日は吐くものも流れる涙も漏れ出る声も、その全てが無くなるまでフル装備でランニングだと聞いた事もあるが。


「まあ、俺は参加する気も……おっと」


 エルが一歩後ろに下がると、そこに蹴り飛ばされてきたカナメが落下する。


「ハハハ、まだまだカナメ様には負けませんぞ!」

「くっそうー……人間超えすぎだろ、あの人達……」

「おう、おつかれ。そろそろいいか?」


 仰向けになったまま倒れているカナメをエルが見下ろすと、カナメは思い出したように「ああ」と声をあげる。


「えーと、なんだっけ。エルも参加するって話だっけ?」

「お、いいですな! 来たまえ君!」

「冗談じゃねえよ! イリスさんとならともかくムッキムキのおっさんとか……って。てめえワザと言ってんだろ」

「だってほら。苦労を分かち合いたいだろ? ていうか、イリスさんは一番容赦ないぞ」

「マジかよ……」

「今度エルが訓練したいって言ってたって伝え……」

「おいやめろ。俺は死にたくねえ」


 冗談だよ、と笑うカナメにエルは疑わし気な視線を向けるが……意外にもカナメは本気の目で「いや、本気で冗談だから」と言う。


「たとえばさ、俺が本当に「エルが今度訓練したいって言ってましたよー」と言うとするだろ?」

「おう」

「そうすると、間違いなくこう返ってくる。「そういえば今日はあまり身体動かせませんでしたね……丁度いいですからカナメさん、今から訓練しましょう?」って。これはもう確定と言っていい」

「……苦労してんだな、お前」


 エルの憐れむ視線が痛かったのか、カナメは起き上がってエルの持つ書類に再度目を向ける。


「で、何それ」

「ん? いや、ダルキンの爺さんがな……」


 神官騎士の事を気にしたのかエルは言い淀むが、神官騎士の方もそれを悟ったのか帰る準備をサッと終えてしまう。


「それではカナメ様、私はこれにて失礼いたします」

「あ、はい。おつかれさまでした」


 互いに一礼すると、神官騎士は去っていき……エルは「えーと」と言いながら続ける。


「まあ、なんだ。きな臭い話が紛れ込んでるんだってよ」

「きな臭いって言われてもな……どうきな臭いんだ?」


 そもそもクランに持ち込まれる依頼は「困っている」から持ち込まれるのであって、そこには何かの厄介事が存在する。

 それを解決するのも仕事の内なのだが……その中でもダルキンが「きな臭い」と言うような話とは何なのか。

 そんなカナメの疑問に、エルは紙束を軽く叩き……こう、告げる。


「ダルキンの爺さんが言うにゃあ……結構デカい犯罪組織が絡んでる可能性がある、らしいぜ」

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