聖国へ帰ろう

 ラファエラも帰還し、カナメ達はいよいよ聖国に帰ることになった。

 行きと違ってフェドリスは居ないが……代わりにラファエラとオウカ、そしてクラークが加わった。

 そのせいで、男女比は二対七。

 中身が見えないクラークも「実はそうなんじゃないか」と噂されるせいで、町を歩けば人のヒソヒソ話が凄まじい。

 具体的にはカナメをハーレム男と囁くものが多いのだが、カナメはすでに達観した諦め顔だ。

 駅舎に向かったイリスを待つ間、カナメ達は入口広場で待っていたのだが、すでにこの町でカナメの顔は広く知られてしまっている。

 当然引き抜きの話もアリサやエリーゼにあったりしたようだが……しつこかった連中がイリスに「お説教」されてからは寄ってこない。

 ちなみにカナメに関しては「たかが弓士が何を出来たのか。仲間……特にあの怖いレクスオール神殿の神官騎士に守ってもらってたに違いない」と囁く者達もいる。

 そこから転じて女に手が早い最低野郎だとか軟弱男などという噂まで流れたりしたが、これについてはジェラシーの側面も強い。

 何を言おうとパラケルムの欠片を持って帰ってきたカナメ達の功績が無くなるわけではなく、そんな事を表通りで大声で吹聴していれば「折角の商機を潰す気か」と町の人間に総出で殴られるのがオチである。

 故に、そういう事を囁く者は酒場で愚痴のように言っているだけなの、だが。


「おい! お前がドラゴン倒したとかって騒がれてる野郎か!」


 時折、こういう因縁をつける者も、やはり出てくる。

 いちいち相手をする必要も無いといえば無いのだが、困った事に非常にしつこい。

 ……なので、カナメも少しうんざりしながらも可能な限りにこやかに答える。


「ドラゴンの欠片を持ち帰ったのが誰かという話であれば「俺達」です。何かご用ですか?」

「俺と決闘しろ」

「お断りします」

「逃げんのか、この臆病モンが!」


 金属製の胸部鎧を纏い大剣を背負ったその男は、恐らくは自分の腕に自信があるのだろう。

 だが、男が自分の腕に自信があるのとカナメが決闘とやらを受けるのは別問題だ。

 そんなものを受ける程カナメはバトルジャンキーでもないし、自分の強さを誇示したいわけでもない。

 振り払う火の粉を全部弾き飛ばすとカッコつけたいわけでもない。

 ……が、目の前の男もそんなカナメの事情は知った事ではない。


「俺はダイホル王国のドラゴンスレイヤー、赤牙のギャラン! お前に奪われた誇りを取り戻す! さあ、いざ尋常に勝負しろ!」

「え、だからお断りします」

「名乗りをあげた戦士から逃げるのか!? 卑怯者め……恥を知れ!」

「いや、だって初めて会った人の誇りを奪った覚えもありませんし。てことはどう考えても人違いじゃないですか」


 ギャランだとかいう男と会った覚えは、当然ながらカナメにはない。

 おまけに相手が名乗ったら決闘を受けなければならないというルールも初耳だ。


「人違いなどではない! お前が新種のドラゴンとかいう怪しげなものを見つけたとほざいたと聞いた! 下級デルムドラゴンと俺の死闘の記憶を穢すお前を倒し、その新種のドラゴンとやらをも討滅する!それによって初めて俺の誇りは回復するのだ!」


 なるほど、どうやら下級デルムドラゴンを倒してドラゴンスレイヤーを名乗っていたうちの一人であるらしい。

 で、カナメ達によるパラケルムの発見で下級デルムドラゴンがドラゴンの区分から外されるかもしれないと聞いたのだろう。

 穢す云々というのはつまり、「俺の武勇伝をドラゴンでもないモンスターとの話にする気か」とまあ……そういうことなのだろう、が。


「物凄い八つ当たりっていうか……俺に言われても困りますけど」

「カナメ、ああいうのは早めに黙らせた方がいいよ?」

「ええー……でもなあ」


 アリサに囁かれ、カナメは渋る。

 正直に言って暴力でなんでも解決するというのはどうかと思うし、やったらやったで負の連鎖になりそうな気もする。

 なので、具体的に言うと「スルーしたい」のだが……どうも、そうさせてくれそうにはない。


「……分かりました。では、どうぞ」

「ハッ、その背中の大仰な弓は使わんでいいのか!?」

「使わせる気があるなら使いますけど?」


 カナメがそう言うと、ギャランは大剣を抜いて地面に突き刺す。


「構わん、撃ってこい! それを正面から叩き潰してくれる!」


 カナメを甘く見ているのか、それとも自分の剣に自信があるのか。

 どちらかは分からないが……そういうことなら、カナメが使う矢は決まっている。

 

「さあ、来い!」

「では遠慮なく」


 カナメの放った鉄色の矢をギャランは宣言通りに大剣で叩き潰そうとして……しかし、大剣に絡みついた鉄輪の重さにバランスを崩す。


「んなっ……」


 その正体を掴みかね混乱する一瞬に放たれたカナメの第二射。

 相手を鉄輪で拘束する縛り付ける鉄枷の矢アインズジャックアローがギャラン本人をも拘束し、ギャランは地面に転がるようにして倒れる。


「ぐ、うおっ……!? んだあこりゃ! くそっ! ぐ……おおっ」


 ギャランは暴れるが、外れるはずもない。それを見て大勢の人間は笑い、一部の人間は驚愕する。

 当然だ。カナメを見る目が「弓士」から、「魔法の品の矢を使う底のしれない弓士」に変わったのだ。

 たとえカナメの噂を何処かで聞いていたとしても、実際見れば驚くのは当然のことだ。

 

「貴方の負けですね」

「ふ、ふざけるな! こんなもので……!」

「……お望みなら、完全に動けなくします。それでいいんですね?」


 カナメが次の縛り付ける鉄枷の矢アインズジャックアローを矢筒から引き抜くと、慌てたように野次馬の人垣を掻き分けて自警団がやってくる。


「ま、待った! 待ってください! この男については後は我々が対処しますので!」

「おい離せ! 俺はまだ負けてねえ!」

「いいから来い!」


 ギャランを自警団が捕まえたのを見ると、カナメは縛り付ける鉄枷の矢アインズジャックアローの拘束を「解除」する。

 もう充分だろうと判断したのだが……その瞬間にギャランは自警団を振りほどいてカナメへと突進し……風のような速さで現れたイリスの拳で、天高く殴り飛ばされる。

 近くの建物の屋根の上に転がったギャランの姿に観衆も自警団もゾッとしたような顔をするが……当のイリスは涼し気な顔でカナメへと振り向く。


「ダメですよ、カナメさん。ちゃんとトドメを刺さないと分からない輩もいるんです」

「は、はい……分かりました」

「ええ、大変よろしいです。馬車を受け取ってきましたから、帰りましょう? で、帰ったら殺さない程度にトドメを刺す特訓しましょう」


 一体どんな特訓をさせられるのだろうか。

 少しばかり憂鬱になりながらもカナメは仲間と共に、イリスの受け取ってきた馬車に乗り込むのだった。

 目指すは、聖国。カナメ達の本拠地となった国である。

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