ラファエラの帰還

 カナメからの説明を聞くとラファエラはいかにも興味なさそうに「ふーん」と返す。

 実際興味はないのだろうし、ルウネが追加で運んできた冷たい水を嬉しそうに喉を鳴らして飲んでいる。

 茶飲み話程度にしか聞いていないのは間違いない。


「まあ、なるようになるさ。で、頼まれごとを片付けてきたぜ」

「思ったより早かったな」

「まあね。こう見えて私は優秀さ。で、結果から言うと戦人の隠れ里は存在した。滅びてたけどね」


 そう言うと、ラファエラは戦人の隠れ里で起こった事を説明する。

 都合のいい部分を……ではあるが、それでも充分に衝撃的な内容だ。


中級魔力体ミルズ・ゴースト……か。連合に来てから、新発見の連続だね」

「よく無事だったな。強かったんだろ?」

「私の方が強かったってだけさ。難しい話じゃあない」


 アリサとカナメにそう答えると、ラファエラはひらひらと手を振る。


「ま、そんなわけで戦人の隠れ里は永遠に隠れる事になりましたってね」

「うん、俺もそれでいいと思う」

「ああ、やっぱりかい? 君ならそう言うと思ってたんだ」

「心無い人に拠点にされるのも、きっとその人達の本意じゃないから。俺でもやっぱり入口を崩したと思う」


 カナメの反応に、ラファエラは満足そうに頷く。


「ま、そういうことさ。あまり良い報せにならなくて申し訳ないがね」

「いや、助かったよ。俺達だけじゃそこまで手が回らなかったと思う……ありがとう」

「ははは、たっぷり気にしてくれよ。君個人に恩を売るつもりで頑張ったんだから」


 そんな事を話していると、レヴェルが階段を下りてきて姿を見せる。


「あら、随分話が弾んでいると思ったら……隠れ里の捜索が終わったの?」

「全滅だってさ」

「……そう」


 レヴェルはそう言ってしばらくの間無言になるが……そのまま歩いてきて、カナメの横に腰を下ろす。


「私はハーブティーがいいわ」


 レヴェルの注文にルウネが厨房へと去っていき……レヴェルは、ふうと溜息をつく。


「無念だったでしょうね。神に殺される為に隠れ住んでいたわけではなかったでしょうに」

「神、か」

「アリサ?」


 呟くアリサにカナメは怪訝な視線を向けるが……それにアリサは答えず、静かにカップを見つめる。

 その様子を見ていたレヴェルは立ち上がり、アリサの近くに立って。その顔を、じっと覗き込む。


「ダンジョンの時からずっと思ってたんだけど。ひょっとして貴女、自分の先祖についてイルムルイに聞いたの?」


 レヴェルのその言葉にアリサは弾かれたようにレヴェルに視線を向け、レヴェルは「ああ、やっぱりそうなのね」と溜息をつく。


「知らなければ知らないでいいし、知ったとしても気にしていないようならあえて言うまいと思っていたのだけれど」

「え? な、何の話なんだ?」

「まあまあ、ちょっと私達は黙ってようぜ」


 アリサとレヴェルを交互に見るカナメをラファエラはクスクスと笑いながら制止する。

 ラファエラも「たぶんそうだろう」とは思っていたのだが、やはり「そう」ということなのだろうと理解する。

 そう、それは。


「貴女、間違いなくアルハザールの血を引いてるわ」

「ええっ!?」


 驚きのあまり立ち上がったカナメと比べると、アリサの反応は「そう」という淡白なものだ。


「驚かないのね?」

「この数日悩んではみたけど、「だから何」って結論しか出なかった。そもそも私、ご先祖どころか親の顔もよく知らないしね」

「……実際、アルハザールの血を引いているとはいっても、貴女自身は普人よ。そう悩むこともないわ」

「そうだといいんだけどね。イルムルイみたいなのに今後も狙われたらたまんないかな」


 その言葉にレヴェルは考え込むように天井を見上げ……カナメは、恐る恐る「えーと……いいかな」と言いながら手をあげる。


「なにかしら?」

「そのアルハザールの血を引いてるとかっていうの……どうして分かるんだ?」

「魔力に微かにアルハザールの気配を感じるのよ。ただそれだけの話」

 

 言われてカナメは横のアリサをじっと見るが……やはり、何も分からない。


「身内の恥みたいなものだからあまり言いたくないんだけど、アルハザールは物凄い女好きだったから。普人にも手を出してたってことなんでしょうね。実際、心当たりが2、3人いないでもないわ」

「英雄王みたいなもんか……」

「英雄王とかいうのに会った事はないけど、話を聞く限りじゃ似てるんじゃないかと思うわよ」


 アリサが、戦いの神アルハザールの子孫。

 その意味を考えていたカナメは、ふと何かに気付いたかのように顔を上げる。


「だとすると、ひょっとしてアリサってアルハザールの剣とかいうのを使えるんじゃないか?」

「難しいと思うわよ」


 カナメの思いつきに、レヴェルは首を横に振って否定する。


「神器とも呼ばれる私達の魔法は、本人の本質を表したものよ。英雄王とやらはたぶん、アルハザールと極めて良く似ていたから使えたんだと思うわ。アリサが、そうだと思う?」

「アルハザールの本質ってのは何だい?」

「そうね……」


 ラファエラの問いかけに、レヴェルは思いつく限りのものを並べ始める。


「女好き、節操無し、デリカシーゼロ……いや、違うわね。んー……「束縛と不自由を嫌い、理不尽と悲劇を嫌う。掴めぬ闇をも斬り裂かんと抗う鋼の意思」……というところかしらね」

「なるほど、正義の味方だ」

「確かにアリサとはちょっと違うかな」

「カナメ?」

「え? あ、いやっ! アリサはそういう熱血正義漢じゃないよなってだけで別に他意はっ!」


 睨まれたカナメがアリサに言い訳をするのを見て、ラファエラがニヤニヤと……レヴェルが小さく笑う。

 ……もっとも、それ以前にアリサは闘神の「なりかけ」だ。

 攻撃魔法を使える程の大規模な魔力放出が出来ない以上、たとえ適正があっても神器を使う事は難しいだろう。

 カナメは自覚していないようだが、あれだって「放出」のプロセスを踏んでいる事に変わりはないのだ。

……だが、ひょっとしたら。

 いや、そんな事を言う必要はない。

 アリサはアルハザールとは違うから、あるいは普人だから、と……そういうことでいい。

 レヴェルはそんな事を考えながら、カナメの頭にグリグリと拳を当てているアリサを見つめていた。

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