交渉の結末

 元々メイフライ王国には、そういう建前で来ている。

 だから、つまり……こうだ。

 カナメ・ヴィルレクスはメイフライ王国からクラン支部開設の要請を受けて呪いの逆槍の調査をした。

 その結果、新種のドラゴンの欠片を手に入れ……武勇と新発見の功績を称えたガゼリオ王は多量の金貨を惜しみなく支払い欠片を買い取った。

 ガゼリオ王の誠意に、カナメ・ヴィルレクスは今後このダンジョンを探索する冒険者達を支援する為にこの金貨を使おうと提案した。

 まさに両者の高潔な精神の現われた、誠意の交換である。


「……と、こんなところでしょうか?」

「ふむ、確かにその形に持っていければ理想とは思っていた。クラン支部の件にについてはこれから交渉しようと思っていたのだが」

「だとすると、この金貨は1枚たりとも受け取れません」

「なっ……!?」


 カナメの言葉に、ガゼリオは驚きに腰を浮かせる。

 だが、カナメとしては当然の答えだ。


「表に出る美談がどうであれ、こういう裏取引にも似た形でクラン支部を建設するわけにはいきません」

「い、いや待て。そんなつもりは」

「ガゼリオ王のお考えはどうであれ、事実として王は俺とクランを操ろうとされました。確かにクランは組織としては依頼の仲介をするだけの組織に過ぎません。ですが、聖国の組織として「他国の策略」に屈するわけにはいかないんです」


 上手くハメれば、どうとでも操れる。そういう風に思わせる事自体が駄目なのだ。

 それでは、冒険者ギルドと何も変わらない。


「欠片は、無料で差し上げましょう。それをカナメ・ヴィルレクスからの誠意とさせていただきます」

「いや、しかしそれでは……」

「メイフライ王国は大量の金貨を提示した。その誠意にカナメ・ヴィルレクスは「その金貨をこの町と国の発展に使ってほしい」と誠意で返した。これで宜しいのではないでしょうか?」


 カナメの今の立場を利用するというのであれば、そういう答えにしかならない。

 ガゼリオはアリサに顔を向けるが、アリサはすいっと目を逸らす。

 対価がどうのという交渉は、あくまでカナメが「聖国から来た一人の冒険者」として対応していたからこそのものだ。

 クランマスターのカナメ・ヴィルレクスという公人の立場を押し出してくるのであれば、そうならざるを得ないのは自然な流れだ。


「む……むむ」


 ガゼリオは、雰囲気を一変させてしまったカナメの様子に微かに汗をにじませる。

 先程まで純朴さすら感じさせる柔らかな男であったのに、今では別人のようだ。

 交渉のやり方としては間違っていなかったはずだ。

 相手に充分なメリットを提示し、こちらも目的を果たす。

 だが……カナメは、それを真っ向から拒否した。

 単純に国対国であればともかく聖国という国を相手にするには間違っていたという、ただそれだけの……致命的な間違い。

 だが、ガゼリオが無能というわけではない。実際、聖国相手でもこのやり方で上手くいくことだってあるだろう。

 カナメには通用しなかった。本当に、ただそれだけの話なのだ。


「クランの支部の件については、再度考えさせていただきます。ドラゴンの欠片についても、お伝えいたしました通り対価は必要ありません。どうぞ役立ててください」

「ヴィ、ヴィルレクス殿!」

「クランは、常に誠実な組織でありたいと考えています。俺達は近日中にこの街を離れようと思います……本日はお会いできて光栄でした」


 話は終わりだと、言外にそう言うカナメにガゼリオは更に何かを言おうとして……諦めたようにゆっくりと立ち上がる。


「……ああ、俺もヴィルレクス殿に会えて良かった。次は、本物の誠意を携えて伺おう」


 そう言い残してガゼリオは出ていき……慌てたように護衛の騎士達もその後を追う。

 そして一階にはカナメとアリサの二人だけとなって。カナメは長い……とても長い溜息をつく。


「あー……疲れたぁ。そうかあ、ああくるのかあ。怖いなあ、政治」

「おつかれさま、カナメ。貫禄出てたよ」

「はは……そうかな。あそこで「この無礼者が!」とかキレられたらどうしようかなって思ってたけど」

「ないない。それやったら聖国にケンカ売ることになるもん。この国は、それだけは絶対にしないから」


 ひとしきり笑った後、アリサは真面目な顔になる。


「でもまあ、私が下手に誠意とか言ったのが余計な考えを生ませたのかもね。ちっと軽率だったかな?」

「いや、それはどうだろう。あの口ぶりだと、結局その方向に持っていかれた気もするけど」

「そっかな?」

「そうだよ」


 カナメとアリサは顔を見合わせて笑い……現れたルウネが、テーブルに二人分のお茶を置く。

 今日は交渉の日とあって金の粉雪亭の店主は夕方頃まで休みをとっており、その間は厨房も含め完全に貸し切りなのだ。

 ……なのにルウネがお茶を出すのがこのタイミングというのはまあ、なんとなく雰囲気で今回の結末を感じ取っていたのかもしれない。


「ありがとう、ルウネ」

「いいえ……ご立派、だったです」


 ルウネはそう言うと盆を持って厨房へと引っ込んでいって、カナメは少し照れたように頬を掻く。


「お? なんだい、この雰囲気。何かあったのかい?」


 扉を開けてラファエラが入ってきたのは……まさに、そんなタイミングだった。

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