交渉、始まる

 更に数日が経過して。

 メイフライ王国の王都から、交渉の為の使者が到着する。

 そうカナメ達が知らされたのは、その到着の一日前のことだった。

 そして、今日。金の粉雪亭の一階のテーブルでカナメの前に座っている壮年の使者の男は……第一声に、こう言い放った。


「お初にお目にかかる。俺がメイフライ王国の国王、ガゼリオだ」

「カナメ・ヴィルレクスです。初めましてガゼリオ王」


 正面からしっかりと挨拶をするカナメに、ガゼリオは軽く眉をあげる。


「ふむ。王と聞いて動揺するかと思っておったが、意外に肝が据わっている。非礼とは思わんかったか?」

「それを気にする方であれば、入ってきた時点でこちらに平伏を迫っておられるはずです。こうしてテーブルについている時点で、同じ目線での交渉をお望みと理解しました」

「その通りだ。俺としても、聖国でクランなるものを立ち上げた噂のヴィルレクス殿に高圧的に臨もうとは思わん。この国は聖国の威を充分すぎる程に借りているしな」


 大きく声をあげて笑うガゼリオに護衛らしき騎士達は渋い顔をするが、実際その通りなのだ。

 聖国と国境を挟み隣接しているという「何かあればすぐに聖国が介入してくる」状況は、長らくメイフライ王国を謀略や侵略から守ってきた。

 その聖国の重要人物であるカナメにケンカを売るのが得策であるかどうかを理解できなければ、メイフライ王国の王など務まるはずもない。


「さて、そちらの女性は何方かな?」

「カナメの補佐のアリサです。姓も二つ名もない若輩ですが、今回の交渉の席での同席をお許し願いたく……」

「許す。あと固いな。俺は今日は一人の交渉人として来ている。最低限の礼儀以外は取っ払おうじゃないか!」

「ご意向、承りました」


 カナメの隣に座っていたアリサはそう言って微笑むと、その笑顔を上品なものからいつもの不敵なものに変える。


「では、早速。今回は、お預けしていた岩竜パラケルムの欠片の買取を希望と伺っていましたが」

「ああ、それで相違ない。価格だが、連合金貨で三千枚用意した。即金で支払おう。如何かな?」


 金貨三千枚。その言葉に流石にカナメもギョッとするが、アリサは表面上は冷静に「なるほど……」と返す。


「こう言ってはなんですが、欠片一つ。それだけの価値があるとお考えですか?」

「勿論だ。これは単なる取引ではなく、誠意の交換なのだろう? となれば、此処に積む金貨の数がメイフライ王国の国としての度量であり誠意だ」


 ……と、そこまで言ってガゼリオは咳払いをする。


「というのが建前でな。実際に俺はそれだけの価値があると思っている。なにしろ、ドラゴン研究をひっくり返すかもしれん新種のドラゴンの欠片だ。端的に言うと、絶対に国が買い取る必要がある」


 既存のドラゴンよりも更に上位のドラゴンがこのダンジョンには居て、その欠片を持ち帰った者もいる。

 この事実は、冒険者達に「俺達も」と夢を見させるには充分だ。

 世界中に点在するダンジョンの中でより多く冒険者を引き付けるのは「稼げるかもしれない」という夢であり、「新種の素材」を国が高値で買い取ったという事実は呪いの逆槍の特異性と合わせ、多くの冒険者を引き付けるだろう。

 それは、長い目で見ればダンジョンという鉱山の鉱夫を増やし安定供給に繋がっていくというわけだ。


「つまり、客寄せの美談になって貰おうというわけですね?」

「その通りだ。メイフライ王国は絶対に買い叩かない。金を惜しまない。偉大なる発見にも、最大の誠意をもって報いた。それを確かな事実とする必要がある」


 実際、魔法装具マギノギアを買い叩く国もある。

 そういう国からは冒険者は自然と逃げていくものだが……情報操作されていれば、意外と分からなかったりする。


「幸いにもヴィルレクス殿は聖国の重要人物。この話を捏造と疑う馬鹿も居ないだろう」


 つまり、その点でもカナメの名前を出して広く伝えるということなのだろう。

 まあ、それについてはカナメも諦めたのだが。


「……でも、それだけではないですよね?」

「む?」

「お話は理解できました。でも、きっとそれだけじゃない」

「どういう意味かな」


 笑顔を引っ込めたガゼリオを、カナメは静かに見つめる。

 ガゼリオの言っている事には……一つ、足りないものがある。


「俺達の見せる誠意の話が、ありません」

「ほう?」

「メイフライ王国はカナメ・ヴィルレクスの発見に最大の誠意を見せた。なら、「聖国の重要人物」であるカナメ・ヴィルレクスはそれに何を返したのか」


 そう、そこだ。

 カナメがただの冒険者であったなら問題ない。

 冒険者としての名声を得て、更なる活躍を……という美談に出来る。

 だが、カナメ・ヴィルレクスは聖国の重要人物だ。

 そんな者が、他国のダンジョンで値打ち物を掘り出してその国に高く売りつけて去っていった。

 そういう話に何処かの誰かがしないと、誰が言えるのか。

 メイフライ王国がどんな美談に仕立てても、そうやって粗探しをする者は必ず現れる。

 だから……カナメ・ヴィルレクスからの「誠意」を付け加えなければ、この話は完成しないのだ。


「……そう考えると、ガゼリオ王が直接来訪された意味も見えてきます。クラン支部の件ですね?」

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