影響は大きい4

 街中を歩いていれば、何処に居ても呪いの逆槍が目に入る。

 町の中心の広場では吟遊詩人が歌ったり、旅芸人が芸を見せていたりと賑やかだが……この場所だけは規制で露店が無く、「芸術広場」などと名付けられた空間になっている。

 ダンジョンだけでは不安だったのかどうかは分からないが、冒険者という荒くれ者だけの町ではないんだぞ、というところを見せたかったのかもしれない。

 広場を囲うようにして存在する店も少しお洒落な雰囲気のものばかりで、しかし逆に奇抜な化粧をして楽し気な芸を見せている原因とのギャップがなんとも凄かった。

 カナメとエリーゼが今いるのも、そうした店のうちの一つだが……紅茶を飲みながら、エリーゼはご満悦だ。


「こういうのもなんだけど……エリーゼが楽しそうでよかったよ」

「あら、当然ですわよ。カナメ様を独り占めですもの。中々出来なかった贅沢な時間の使い方ですわ」


 そう正面から言い切られてしまうとカナメも照れるのだが、その好意に返せているものがあるかというと……カナメとしては悩んでしまう。

「好き」に「好き」で気軽に返せれば、きっとそれが一番いいのだろう。

 想いに応えるべきとか愛は止められないとか、きっと便利な言葉を探そうと思えば幾らでもある。

 だが、それはきっとこの上なく不誠実だ。

 いっそ好意に気付かないような鈍感男であればそんな悩み方もしなくて済んだのだろうが……きっとそれは、別の意味で罪深くもあるだろう。

 だが、今の状態は今の状態で不誠実なのだろうか。そんな事を考えてしまうカナメの様子に気付いたのか、エリーゼは困ったように首を傾げる。


「カナメ様。どうされましたの?」

「え? あ、い、いや」

 

 誤魔化そうにも誤魔化せるものが無くてカナメが慌てると、エリーゼは紅茶のカップをテーブルに置く。


「なんとなく何を悩んでるのかは分かりますわ。当ててみせましょうか?」

「え」

「私の気持ちに応えないでいる現状に悩んでいる。どうです?」

「うっ……」


 思わずカナメが目を逸らしてしまうと、エリーゼは口元に手をあてて笑う。


「私、今の状況を結構楽しんでますのよ?」


 そう言うエリーゼに、カナメは困惑したような目を向けて。

 そんなカナメの目を、エリーゼはじっと覗き込む。


「……私、将来なんてものに夢は持ってませんでしたわ」


 エリーゼは、王国の姫。強力な魔法装具マギノギアを所持者ごと取り込む為の道具にされるか、外交や内政の道具になるのが妥当な未来絵図。

 それを嫌って姫や王子の中には少しでもマシな伴侶を探して国中を巡る者もいるが……エリーゼも、その中の一人だった。

 だから、恋だとか愛だとか……そんなものは期待などしていなかった。

 自分には縁のないものだと思っていた。

 王族の定め。そんな魔法の言葉で自分を縛り付けていた。


「でも今は、毎日が夢のようですわ。好きな殿方と一緒に歩いて、一緒に戦って。そんなおとぎ話の中みたいな日々を過ごしているんですもの」

「……」

「私だけを見て、とは言えませんわ。でもきっと、最後には私を選んでほしい。今はそんな事を夢見ているだけで、幸せですの」


 その純粋さが、カナメの心に深く刺さった。

 自分はエリーゼの純粋さを利用しているのではないか。そんな考えが湧いてきて……慌てて、頭から振り払う。

 きっと、そう考える事自体がエリーゼの純粋さに対する裏切りだ。


「……それに。私が本当にカナメ様と一緒に居る為には、まだ越えなければならないものがありますもの」

「それって……」


 言いかけたカナメに、エリーゼは「今は、秘密ですわ」とだけ答える。

 説明する気はないということなのだろう。


「私にも覚悟がいる話ですもの。その時になったら……カナメ様にもお話しますわ」

「ああ……分かった」

「では、この話は終わりですわ」


 そう言ってエリーゼは再び紅茶のカップを手に取り……カナメも静かに頷く。

 ふと目を向けた広場では、吟遊詩人が詩を披露しているのが聞こえてくる。

 カナメは聞き覚えが無いが、有名なものなのだろう。吟遊詩人の周囲では足を止めて聞き入っている人達の姿が見える。


「竜殺剣のジュードの話ですわね。ドラゴンスレイヤーの英雄譚では特に人気のあるものですわ」

「へえ……」

「興味がございますの?」

「え? いや、単純に知らなかったなあって。本はそれなりに読んだはずなんだけど」

「本にはなっていませんわよ。この手の英雄譚は吟遊詩人が語り継ぐものですから」


 詩は、吟遊詩人にとっては大切な商売道具だ。

 誰でも知っている英雄譚から誰も知らないような話まで何でも歌うが、その「誰でも歌う英雄譚」は数多の吟遊詩人が酒場で歌う定番ネタであるから「誰でも知っている」ようなことになるのだ。

 その多くは実在した英雄であったりするわけだが……吟遊詩人が勝手に新しいエピソードを創作して歌う事も珍しくはない。

 そうした話を本に纏めようとすれば、同じ時期に同一人物が別の場所に10人以上存在している……ということや、1日で大陸の端から端まで移動していたということも珍しくはない。

 誰もそんな夢の無い話を望まないから、本にならない。

 そうなるように意図してそうしているという噂もあるが……まあ、そんな裏話があったりする。


「なるほどなあ」

「カナメ様もそのうち吟遊詩人が歌うかもしれませんわよ?」

「ええ……」


 そんな話をしていると、吟遊詩人が朗々とした声で「では、次は王国に流星の如く現れた黄金弓の英雄の詩を……」などと言い始めて、カナメはそっと広場から顔を逸らした。

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