偽りの「主」亡き後に

 イルムルイが消えると同時に、イルムルイの作った壁が床に沈み込むようにして消えていく。

 何処までも白く広大な部屋だけはそのままだったが……あの壁は即席の何かだったということなのかもしれない。


「……終わった、のですね」

「そのようですわね」


 イリスの言葉にエリーゼは頷き、髪をかきあげる。

 終わってみれば、実にアッサリとした最後だったようにも思う。

 そういえば、今回のそもそもの話は神と戦うなどという話ではなく。


「そういえば、フェドリスはどうしたんですの?」

「死んだよ?」


 アッサリとそう言ってのけるラファエラにカナメが振り向き「えっ」と声をあげるが、それにラファエラは肩をすくめてみせる。


「ネタバラシをすると、アイツもイルムルイだったんだよ。影を用意して、それを憑りつかせてたみたいでね。今回君達は、最初からハメられてたってことさ。ご苦労さん」

「……納得はいく話ね。あの子の特異性は特殊個体だからじゃなく、イルムルイが「演じてた」からってことなのね」

「そんなことは知らんよ。元々ああいう奴だったのかもしれないし。ただ、今回の件は罠だったってことだけは事実さ」

「てことは……あれ。でも確かフェドリスって隠れ里からの手紙を……」


 そう、フェドリスは封蝋付きの手紙を持っていた。

 偽造など幾らでも出来ると言ってしまえばそれだけだが……ラファエラは「ふむ」と頷く。


「気になるなら、私が調査しといてあげよう。どうせこの近辺の人の寄り付かない山とか、その辺だろう?」

「え、それは有難いけど。いいのか?」

「いいとも。私の目的も果たせたし、ここらで君に恩を売っておくことにするよ」


 カナメは、一度身内の枠に入れた人間には果てしなく甘い。

 それを知った上で、ラファエラは人当たりの良い笑顔を浮かべる。

 すでに「味方」の枠には入っているだろうが、もう少し内に入り込んでおきたいと……そんな事を考えていた。

 そんな思惑にカナメは気付くことなく「そっか……じゃあ頼もうかな」と握手をするべく手を差し出して、ラファエラも「任されたよ」と握り返す。

 ……まあ、エリーゼが乙女の勘的な何かを働かせたのか微妙にソワソワしていたが、それはさておき。


「ところで……そろそろ説明して欲しいんだけど。なんで私の魔操騎士ゴーレムナイトが動いて喋ってるの? 何したの?」


 ずっとそれを聞きたかったらしいオウカがクラークの腕を掴んでエリーゼを睨むように見つめるが、エリーゼとしては何をしたわけでもないので「何もしてませんわよ」と答えるしかない。


「勝手に喋ったんですわ。実は前から喋れたらしいですわよ?」

「そうなの!?」

「そうなんだよ」

「なんで!?」

「そういうもんなんだよ」


 なんで、と叫びながらオウカがクラークを揺さぶるが、クラークはまともに答える気がないらしい。

 だがパラケルムの話を思い出したのだろう、オウカはやがて「あっ」と叫ぶ。


「そうか、貴方古代の魔人ってやつなのね? ということは、人造巨人ゼノンギアのありそうな遺跡も知ってるんじゃないの!?」

「いや、それは知らん。俺の記憶はほとんど抜け落ちてるんでな」

「なんでよー!」

「人生ってな、上手くいかねーもんなんだよ。俺も散々アタックしてた女が超絶イケメンに一目惚れしたのを見た時にゃあ」

「そんなの覚えててなんで重要な事覚えてないのよ!」

「そういうもんなんだって」


 しばらくはあのままだろうと判断したイリスが二人を放置しておこうと咳払いし、アリサへと視線を送る。


「アリサさんは大丈夫ですか? 身体が平気でも、乗っ取られていたんです。魔力に異常が発生している可能性もあります」

「問題ないよ。特に何かが変わった感触はない」

「そうですか。それならば良いのですが、何か異変を感じたらすぐに言ってください」

「あいよー」


 適当な返事を返すアリサにイリスは溜息をつくが……その視線は、次にカナメに向けられる。


「カナメさんは大丈夫ですか? レヴェルさんに物凄い勢いで魔力が流れていたように感じましたが」

「あ、はい。問題ないですね。結構流れたから、もっと疲れるかと思ったんですが」


 そんなカナメの言葉に、レヴェルはチラリとカナメに視線を向けるが……結局何も言わずに黙り込み、ラファエラは口元に小さな笑みを浮かべる。


「そうですか……限界値が上がっているのかもしれませんね」

「かもしれませんね。今までより、もっと色んな矢が使えそうな感覚もあるんです」


 以前、此処に居るレヴェルとは違う別のレヴェルに「使うな」と止められた矢も……今ならば、使えそうな気すらする。


「で、どうするですか?」

「どうするって……何が?」

「ここは13階層、です。一応最初の目標だと15階層到達だったと思うですが」

「え? あ、うーん……どうしよう」


 フェドリスの件が罠であった以上、15階層に行く意味はすでにない。

 このダンジョンを弄っていたイルムルイもすでに居ない今、この先に行くメリットがあるのかどうか。


「……正直に言うと、もう地上に戻ってもいいと思うんだよな」


 カナメはまだ余裕があるが全員疲れているし……アリサの身体を考えれば、しっかりと身体を休めて貰いたくもある。


「いいの? 15階層まで行けば、間違いなく「偉大な冒険者」の類になれると思うけど」

「これ以上そういうのが増えても正直持て余しそうな気もするし、13階層の時点で記録破ってるしね」

「信じて貰えるかどうかは別だとは思うです」

「あー、確かにね。見たことも無いようなモンスターの部位か素材の類でもあ、れば……」


 パラケルムの欠片の事を思いだし、アリサはカナメに視線を向ける。


「そういえばあのドラゴンって上級セラトってことでいいのかな?」

「どうだろう。意外とレッドドラゴンとかが実は下級デルムだったり……」


 ダンジョンの遥か下層……人が辿り着いたことのない未知の領域には、ドラゴンが当たり前のように闊歩する場所があると言われている。

 もし、この先……イルムルイという偽りの主の影響のない本当の姿のダンジョンが、そういう領域であったなら。

 そんなことを考えて、エリーゼはぶるりと身体を震わせる。


「……もう戻ってもいいと思いますわ」

「少し残念ですが、賛成です」

「うーん、カナメに任せる」


 そんな事をエリーゼ達が言い出して。カナメは少し迷った後に「帰ろう」と宣言する。

 何やら取っ組み合い……というよりもオウカを抑え込んでいるクラークの図にしか見えないが、ともかくそんな二人を宥めつつ、カナメ達は地上への帰還の準備を整え始めた。

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