影響は大きい
カナメ達による呪いの逆槍の探索から、3日。
岩竜パラケルムの欠片を持ち帰ったカナメ達は、一躍有名人となっていた。
元々聖国の事情を知る人間からしてみれば充分に有名人ではあるのだが、情報伝達手段が噂や吟遊詩人、情報屋などしかない以上は本人特定に繋がる「外見」を知る者はこの町では非常に少ない。
しかし、カナメが証拠として提出した欠片が未知のドラゴンの……恐らくは鱗のようなものと思われるという結論が出ると……その事実を町の役人がカナメ達へ報告に来るより前に、「何故か」その話が町に盛大に流れてしまったのだ。
結果として、タルテリスの町では今お祭り騒ぎだ。
なにしろ、前人未到の13階層到達に「新種」のモンスターの発見だ。
それも既存のドラゴンに対する認識を大きく覆すものなのだ。
恐らくは各国から研究者の類がタルテリスの町に集まってくると思われ……その時に、パラケルムの欠片は重要な研究材料となる。
……というわけで。金の粉雪亭のカナメの部屋には今、タルテリスの町の役人が来ていた。
それも来るなりの土下座である。
「お願いいたします……! あのドラゴンの欠片をどうか……どうか売ってください! 王都にすでに遣いも出しております! 出せる限りの金額をお支払いすると約束いたしますので、どうか!」
「と、とりあえず土下座はやめてください。なんていうか困ります」
「この場に積む金貨を持ってきていない以上、今我々が見せられる誠意は英雄王の伝えたコレくらいしかないのです! なんでしたら踏んでいただいても構いません!」
「踏みませんよ!」
「では蹴りますか! 命さえ保証していただけたら幾らでも!」
「踏みませんし蹴りません! いいから顔をあげてください!」
物凄く……というか怖いくらいに腰が低いが、念の為に同席していたアリサがこっそりと耳打ちする。
「ほら、なにしろ未知の……しかも既知のものより明らかに上位のドラゴンの欠片だからね。今後定期的に入手できるアテがあるなら値段は下がるけど……」
「ああ、そうか。12階層だもんな……」
「そゆこと。次があるか分からないレベルの貴重品。たぶん魔法の品の材料としても世界最高峰になる可能性もある……となると今この瞬間、欠片の価値は天井知らず。国は無理だろうけど、小さな町を丸ごと買ってお釣りがくるくらいの値段はつくんじゃない?」
「町なんかいらないよ……」
そんな事を囁き合っていると先程の役人が土下座したままで、じっとカナメ達を見ているのに気付く。
その悲壮な決意が浮かんだ顔はなんとも怖いが……死ぬ気で口説き落とせと命令されたんだろうなあ……と考えると、可哀想になってくる。
「えーと。それで具体的にメイフライ王国はどの程度出せるとお考えで?」
「うっ……か、可能な限りとしか」
「私達としても聖国に帰らなければいけない身ですし、この商談は早めに纏めたいんです。不当な利益を貪るつもりも、当然ありません。かといって不自然に安い値で売っては悪しき前例を作ってしまうというもの」
「お、仰る通りで……」
水を得た魚のようにスラスラと喋るアリサに、役人は脂汗を流しながらも頷く。
「なので、私達はメイフライ王国の誠意を期待します。同様に私達も誠意をもってお答えしましょう。互いに交わす誠意は、今回のタルテリスの町を彩る伝説の一つとなることでしょう。ヴェラールに恥じる事のない素晴らしい行為であった、とね」
「まさにその通りかとっ」
アリサの言っている事は回りくどいが、つまりはこういう風に解釈できる。
納得いく金額を出せば値上げ交渉なんかしない。聖国に帰ったらヴェラール神殿にも「素晴らしい取引でした」と伝えますよ、と。
天秤の神であり商人、騎士、役人など様々な公正さを求められる職業の者に崇められるヴェラールを祀るヴェラール神殿の影響力は政治的な意味でも非常に大きく、具体的にはヴェラール神殿の「保証」というものは何よりも説得力があるとされている。
もしヴェラール神殿の、それも本殿から「タルテリスの町、そしてメイフライ王国は公正である」などという言葉の一つでも出れば……それは非常に大きな武器になるし最上級の功績にもなる。
それが分からない役人ではないが故に、役人は立ち上がり慌てたように礼をする。
「そ、それではすぐに報告に戻ります!」
「あ、はい。お気をつけて」
カナメがそう言って笑うと役人はバタバタと出ていくが……金の粉雪亭を出たのを音で確認してから、カナメはアリサをじとっとした目で見る。
「……さっきのって、ヴェラール神殿に口利きするって意味だったりするのか?」
「お、正解だよカナメ。そういう風に聞こえるように言ったよ?」
「そういうのってあんまり良くないと思うけど……」
「別に私は口利きするなんて言ってないし。セラトがクランに様子見に来た時にでも「いい取引したよー」くらいは言うかもだけど」
たぶんセラトは「そうか」と言って終わるだろう。
そんな光景が簡単に想像できて、カナメは眉間を抑える。
「それに、たぶん国規模で美談の類にして宣伝すると思うし。よかったね、カナメも伝説の冒険者の仲間入りだ」
「え、やだよ。俺まだ一人で旅とかできないぞ……? そんな伝説の冒険者聞いた事もないよ」
「ありゃ、一人で旅する予定があったの?」
「……ないけど」
「ならいいじゃん。伝説ってのはほら、本人以外が語るもんだから」
そういう問題なんだろうか。
そんな事を考えながら、カナメは溜息をついた。
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