レヴェルとイルムルイ
便利な能力ではあった。
いつ終わるとも分からない戦いの中で狂いかけた者を正気に引き戻した事すらあった。
しかし、その時ですらイルムルイ自身は正気のまま狂っていたようにレヴェルには見えた。
兄神のルヴェルはそんなイルムルイについて何かを知っていたようではあるが……それを教えてくれる事は無かった。
「ダンジョンを弄ったりモンスターを出したのも……」
「ダンジョンの魔力に同調したんだと思うわ。といっても、ダンジョンの魔力はゼルフェクトの魔力と同じだもの。そんなものと同調しようなんて、正気じゃ考えつかないわ」
レヴェルの言葉に、カナメは手の中の矢をじっと見る。
魔力の同調と操作。それが真実であるならば、アリサの身体も治りそうな気もするが……イルムルイにそれを託すという選択は、危険が大きすぎる。
「もしアリサの事をどうにかできないかと考えてるなら、やめときなさい。アリサは奇跡的に安定してる特殊例よ。イルムルイなんかに任せたら、それこそ「本物」にしかねないわ」
「分かってる」
そう、分かっている。
それだけは選んではいけない選択だと。
だからこそ、カナメは手の中の矢をぎゅっと握る。
「……これを撃てば、イルムルイが出てくると思う。そしたら、俺が……」
「私がやるわ」
カナメを遮って、レヴェルは静かにそう告げる。
反論は許さないと……そんな強い意思を込めた目で見るレヴェルに、カナメは渋る。
「いいのか? レヴェルからしてみたら、一応なんていうか……」
「そういう心配は無用よ。むしろ、これは私が決着をつけなければいけないことだわ。貴方の仕事はアリサを助けた時点で終わりよ、カナメ」
「そんなことない。俺は」
「カナメ」
なおも何かを言おうとするカナメに、レヴェルは微笑む。
カナメの言いたい事は分かっている。
だがこれは、当時のやり残し。イルムルイを放置してしまった当時の神々の失敗。
だから、これだけはレヴェルがやらねばならない。
「お願い、私に任せて?」
ぐっとつま先で立つようにして背を伸ばして。レヴェルはカナメの唇を人差し指でちょん、と突く。
まるで聞き分けの無い子供を諭すかのようなレヴェルに、カナメも流石に譲らざるを得ない。
「……分かった。でも、大丈夫なのか?」
いかに本物でないとはいえ、今はレヴェルも肉体を持つ身。
それを解放したイルムルイに乗っ取られる可能性だってあるのではないか。
カナメとしては、そんな心配をしてしまうのだが……レヴェルはそれに、クスクスと笑ってみせる。
「面白い冗談だわ? 私が今のイルムルイに負けると思ってるなら、それは私に対する過小評価が過ぎるわね」
確かに、今のレヴェルは本人ではなく「影」と呼ばれる本人の複製のようなものだ。
その実力も本物と比べれば幾段か落ちる。
だが、その魔力はカナメと深くリンクしている。だから魔力だけでいえば、レヴェルはカナメの魔力が尽きない限り好きなだけ自己回復することも増量することもできる。
……故に。どちらかといえば術士であるレヴェルは、全盛期に近い力を振るう事も充分に可能なのだ。
そしてそれは、レヴェルの「魔法」である鎌にも深く影響する。
「……さあ、目覚めなさい私の鎌。今から、命を刈り取るわよ」
レヴェルの構えた大鎌が、ドクンと心臓のような音を立てて鳴る。黒い瘴気のようなものが鎌の表面から溢れ出し、それは次第に量を増しレヴェルの身体を覆っていく。
それはレヴェルのドレスを、そして頭部を覆うような黒い外套へと変化して。
「準備はできたわよ、カナメ」
「ああ」
静かな……厳かな口調で告げるレヴェルに、カナメは
黒と黄の二色の矢は放たれると同時にほどけていき……アリサが見たような黒い霧が、天井へと広がっていく。
「く、うう……! なんたることか! まさか、まさかこの私を矢に変えるなど! レクスオール! 貴方、の……」
黒い霧の中で輝く二つの目が、見開かれる。
地上に立つ黒い外套の少女、レヴェルを目にして。
「な……! それは、まさか! 影如きにその
「そんなことはどうでもいいのよ、イルムルイ」
フードの下で、レヴェルはその目を光らせる。
カチャリと鳴る大鎌を構えて、レヴェルは空中へと足を踏み出す。
よく見てみれば、その足元にレヴェルが踏み出す度に黒い足場のようなものが出来ている事に気付いただろうが……跳ぶわけでも飛ぶわけでもなく空へと踏み出すレヴェルの姿は、何処か恐ろしいものにすら見えた。
「貴方、昔から狂ってたけど。狂ってるなりに人間を守ろうっていう気概があったわ。それが、この無様。僅かな正気すら手放して……貴方、本当に何がやりたいの?」
「私は……私は、世界を守りたいだけです!」
「ああ、そうなの」
イルムルイの放つ衝撃波を、レヴェルの
カナメから遠慮なく魔力を分捕っているおかげで、今のレヴェルは消耗したイルムルイよりも魔力が多い。
その魔力のほぼ全てを、レヴェルは大鎌へと注ぎ込んでいく。
「なら、ここで死ねばいいわ。それが一番平和よ」
大鎌を振るう。ただそれだけで、鎌に込められた魔力がイルムルイへと流し込まれ……強烈な「死」を叩きつける。
「か、あ……っ」
霧散する。黒い霧が薄くなり、空気へと溶けていく。
イルムルイを構成するもの全てが、ただの魔力となって還っていく。
逃れ得ぬ滅びを、イルムルイは確かに感じ取って……輝く目を、ゆっくりと閉じる。
「……精々気をつける事です。私以外で気が付いてしまう可能性が高いのは、貴方達二人でしょう、からね……」
そう言い残して。正気と狂気の二面神イルムルイは……完全に消え去った。
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