ラファエラとフェドリス

 エリーゼがクラークと合流する、少し前。

 ラファエラは、自分の背後を歩くフェドリスを全く気にしない様子で迷路を進んでいた。

 

「やれやれ、面倒なことになったぜ。君もそう思わないか?」

「いえ。私よりも大変なのは他の皆さんでしょう。エリーゼさんも無事に合流できているとよいのですが」

「そうだね。とはいえ、どうせならカナメと一緒のほうが面白かったかもしれないな。私を売り込むいいチャンスだった」

「売り込む、ですか」

「ああ、こんなチャンスは滅多にないだろ? 彼が私を放したくなくなるくらいにドッサリと恩を売りたいもんだ」


 クスクスと笑うラファエラにフェドリスは無言。兜の奥でどんな顔をしているかは分からないが……ラファエラは振り返らないまま歩く。

 信用しているとか、そういうのではなく「どうでもいい」という態度があからさまに出ている。


「君だって、私よりカナメの近くに居たかったはずだろう?」

「……そうですね」

「だって君、カナメが狙いだったんだから」


 その言葉に、空気が一瞬凍りつく。

 

「あー……まあ、そうですね。あの方を見極めるために私は」

「んー」


 そこでラファエラは振り返りながら細剣を抜き、フェドリスへと突きつける。


「そうだな、そこは嘘ついてないんだろうさ。その結果、カナメは不合格だった。違うかい?」

「なにを」

「なにを、じゃねーよ。カナメを乗っ取れそうかどうか見極めてたんだろ? 結果としてキツそうだと考えた。予想よりずっと練度が高かったからだ。違うかい?」

「待ってください! 何を言っているのですか!?」

「エリーゼを狙っているっていうのはまあ……本気か知らないけど。こうして君が此処に居るってことは、私も狙いの一つかい? この欲張りめ」


 ラファエラの言葉にフェドリスは慌てたように背負った荷物を投げ捨てる。


「待った、待ってください。何を言っているのかサッパリです」

「そうかい? じゃあ謎解きをしてあげようか」


 ラファエラはそう言うと、細剣を持たない方の手を広げる。


「まず、一つ目。今回の話はそもそも、始まりからしておかしい」


 その指の間に現れたのは、1つの金属球。


「ダンジョンの15階層に潜る? 随分迂遠な方法じゃないか。戦人らしくない」

「戦う力を示す方法としては最良です。何もおかしいことなんてありません」

「そうかい? 君達の隠れ里で10人抜きでも20人抜きでもすればいい。その方が「らしい」じゃないか。さて、次は2つ目だ」


 ラファエラの指の間に、2つ目の金属球が現れる。


「私の見る限り、君はここまで一切手を出していない」

「当然です。試練なのですから」

「そりゃそうだ。君が戦人以外の種族だったなら、の前提だけどな」


 そう。ラファエラの知る限り、それはありえないのだ。


「戦人だぞ? 戦う能力だけを突き詰めて肉体まで変えちまったバトルジャンキー共だ。ルールの範囲内で可能な限り手を出すか、出したのは足だから手を出してないとか屁理屈こねるのが普通だろ」


 それが、ここまで一切手を出していない。

 そんなことは有り得ない。


「普通ならレヴェルが気付いて然るべきなんだが……まあ、そういう意味ではよく特殊個体を捕まえたもんだ。「そういう奴もいるかもしれない」で済むもんな。もしかして、何か違和感を感じなくなるようなストーリーもあったりするのかい?」

「……」


 黙り込むフェドリスの眼前で、ラファエラの指の間に3つ目の金属球が現れる。


「3つ目。さっきから値踏みするような視線が気持ち悪いんだよ。知ってるか? 見られてるってのは、見てる奴が思う以上に敏感に察知されるもんなんだ」


 魔法装具マギノギア起動オン、と。

 唱えると同時に金属球が輝きだす。


「以上の理由から推測するに、君は……いや、君もイルムルイなんだろ? もしカナメとの問答が真実なら、君はそうだな。イルムルイの影か残響エコーか……本人とは言い難い何かなんだろうさ」

「……全部想像です。間違っているとは思わないのですか」


 イルムルイの問いかけに、ラファエラは……花咲くような、可愛らしい笑みを浮かべてみせる。


「そうだな。間違ってた時は……動けなくなるまでボコボコにした君の前で「ごめんね」って言ってあげよう」


 言うと同時にラファエラはバックステップで飛び退き……その場所を一瞬遅れてフェドリスの蹴りが通過する。

 ガオン、と凄まじい音を立てる蹴りにヒュウ、と口笛を吹きながらラファエラは金属球を投げる。

 

「オオオオ!」

 

 フェドリスの投げた荷物袋が金属球と衝突し、発生した電撃が荷物袋を破壊し中の物をぶちまける。

 中から転がり落ちた恐らくは調理用か何かであろうナイフをフェドリスは蹴り飛ばし、矢のような速度で飛翔させ……ラファエラはそれを横っ飛びで回避する。

 だが、その瞬間にはフェドリスの巨体がラファエラを体当たりで吹っ飛ばす。


「ぐ、あ……っ!?」


 壁まで吹っ飛ばされてバウンドするラファエラにゆっくりと近づきながら、フェドリスは静かな口調で語りかける。


「誤解ですよ。もっと話し合おうじゃありませんか」

「話し合いだあ? 戦人がかい? 笑わせる……爆炎撃アタックボルカノン!」


 フェドリスの兜に包まれた顔面に爆炎が炸裂し、ラファエラは吹っ飛ばされても離さなかった細剣を強く握る。


「照らすだけでは足りぬ。燃やしても尚足りぬ。故に、溶け落ちよ! 魔法剣技マギノアーツ炎熱剣ヒートブレイド!」


 赤熱する細剣を構え、ラファエラは跳ぶように走る。フェドリスの腕をすり抜け、赤い軌跡を描く一閃を放つ。

 だが、浅い。本体まで届いていない。瞬間的にそう理解し、素早く離れる。

 注意深く細剣を構えなおすラファエラの目の前でフェドリスの兜がゴトリと割れ落ちて、その鎧にも盾に大きな線が入る。


「……なるほど。どうやら見込んだ通りであったようです」

「ようやく認めたのかい?」

「くふっ」


 フェドリスは答えず、含むような笑いを浮かべて。傷ついた鎧を自ら割って投げ捨てる。


「戦人というものは、困ったものでして。魔力が恐ろしく低い上に放出性能も変換性能も著しく低い。強化のみに使うように特化した影響なのでしょうね」

「へえ、それで?」

「それでも、一つ良いところがあります。肉体性能だけは他に比類するものが無く……ただそれだけで、世界最強に成り得る。このように、ね」


 鎧よ、我が身を覆えアームド、と。

 フェドリスがそう唱えると同時に、その身体を黒い全身鎧に似た何かが覆い……ラファエラは、凄まじい威力の拳を受けて弾き飛ばされていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る