アリサと……

 カナメ達とエリーゼが合流した、その頃。

 何かの焼けるような匂いに、アリサは目を覚ます。

 頭がグラグラとして気分が悪く、身体全体に倦怠感がある。こんな二日酔いのような気分は久しぶりで……すぐ側にいる「誰か」にアリサは視線を向ける。

 すると、その「誰か」も視線に気づいたように振り返る。


「ああ、起きたかい」

「あんたは……確か、ラファエラ……」

「意識はしっかりしてるようだね、良い事だ。随分長い事倒れてたんだぜ、君は」


 自分にかけられているマントに気付いたアリサは、ゆっくりと起き上がりながらマントを手に取る。


「……なんだか世話になったみたいだね」

「気にするなよ、ちゃんと下心はある」


 言いながらラファエラはアリサに水袋を投げてくる。


「下心? 金ってわけじゃないよね。あんたはそういうのには執着してなさそうだ」

「不自由がない程度には欲するさ。その程度のモノにしか見えないのは認めるけどね」

「じゃあ、何?」

「そうだなあ……」


 焼けたぜ、と言いながらラファエラが差し出してくるのは厚切りのハムを刺した串。

 それをアリサが受け取ると、ラファエラは焚火に背を向けアリサに向き直る。


「簡単に言うと、君達に無事に奥に進んでほしくてね。君に何かあったら、カナメ君の精神がガタガタになるだろう?」

「そういえば、ダンジョンを調べに来たんだっけか」

「そういうことだね。私も君達が来る前にある程度調べてみたが、どうも芳しくない。でも君達なら何かを見つけるんじゃないかと思ってね……まあ、悪いがちょっとこの階まで先回りしてたんだ」


 ……なるほど。ラファエラが此処に居た理由についてはアリサにも理解できた。

 だが、何故カナメなのか。何故、ラファエラではダメなのか。

 そんなアリサの視線に気づいたのか、ラファエラは薄く笑う。


「単なる予感さ。深い意味はない」


 嘘だ、とアリサは直感する。ラファエラはこのダンジョンに何かを感じていて、カナメをそれを引きずり出す餌にしようとしているのだ。

 警戒するアリサに、ラファエラは苦笑で返す。


「おいおい。信用無いな、私は」

「……助けてくれたのは感謝してるけど、今の発言でどう信用しろってのさ」


 レヴェルも思わせぶりな事を言う事は多々あるが、ラファエラはそれに輪をかけて酷い。

 疑ってくれと言わんばかりだ。


「宿の件も含めて、感謝はしてる。でもその結果カナメを……私達を命の危険に導くっていうのなら」

「いや、それは誤解だ。それにダンジョンに入ったのも奥を目指しているのも君達の勝手だろう? 私はそれを手助けしてるに過ぎないじゃないか」

「そうだね。なら、話して。この先に何がいると思ってるの」


 手助けすると言うのであれば、そこまで教えてくれたっていい。そう言うアリサに、ラファエラは困ったように頬を掻く。


「まいったなあ。単なる私の予想だぜ?」

「いいから」


 間違いなく、ラファエラは何かを掴んでいる。そして、理由は分からないがそれを披露したがっている。

 隠したいというのであれば、思わせぶりな事など言う必要はない。

 先程アリサが目を覚ました時にだって「偶然」と言い張れば良かったはずだ。

 つまり、それは。こちらが違和感に気付くようにヒントを出し続けているということだ。

 何故そんな面倒くさいことをするのかまでは、アリサには分からないのだが。


「たぶん、だけど。このダンジョンには「何か」が潜んでる」

「何かって……」

「おかしいとは思わないかい、このダンジョン」


 アリサからしてみればダンジョンという場所そのものが「おかしい」のだが、それはさておき。


「確かに他のダンジョンと比べると随分奇妙な造りだと思うけど」

「そうとも、奇妙だ。このダンジョンは、明らかに入る者を選別している」

「……選別?」

「そうさ。普通のダンジョンはもっと、人の欲を煽る。もう少し深くいける、もう少し深く潜ろう。あと一階層くらい。せめて少しだけこの階層を……ってね。「こうすればいけそうだ」と思わせるのがダンジョンってやつさ」


 確かに、それは否定できない。

 ダンジョンとはそういうもので、だからこそ誰もがダンジョンに潜る。

 人の欲を、実に上手く煽るように出来ているのだ。


「だがどうだい。入る時からして凄まじい高所に入口があるし、遠距離攻撃、特に魔力による攻撃なくば全滅するかもしれない。更に、強制転移の罠。こんな浅い階層で出すには早すぎるもののオンパレードのように思うけどね」

「……優秀な魔法士を求めている、と?」

「あるいは、ね。でも、そんなものをゼルフェクトが求めるとは思えない。となると、別の何かが絡んでいると考えるのは自然だろう?」


 別の何か。

 そんなものがいるとすると、それは……ダンジョンに干渉できるような何かだということになってしまう。

 ならば、それはゼルフェクト自身しかいないのではないだろうか?

 だが、ラファエラは違うと言っている。


「……そんなものがいるとするなら。なんなの、そいつ」

「さあ。だから言ったろ。私も知りたいんだよ」

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