呪いの逆槍9

「……完成させた後は、どうするんだ?」

「聖国にでも持ち込もうかと思ってた。他の国よりは、いくらかマシでしょ?」


 確かに、調停者を自称する聖国であれば戦争に使う事はないだろう。

 カナメも何処かに持ち込まねばならないとなれば、そうするだろう。


「完成させないっていう選択肢は」

「それでもいいけど、いつかはきっと復活するわ。私が選択を放棄することで、きっと未来の誰かに同じ選択を迫る。それは責任ある行為だと思う?」

「……だからって、オウカがそうなる必要もないと思うけどな」

「私だからよ。私なら、望まれた正しい形で復活させられる。「いつかの戦い」に備えるなら、魔操巨人エグゾードの技術はきっと役に立つ」


 そう信じている、というよりは。そう信じたい、というのが正しいのだろう。

 神の為の警備兵であったという聖鎧兵が「レクスオールの生まれ変わり」であるカナメに向けられたように、魔操巨人エグゾードもそうならないという保証など何処にもない。

 だが、きっと今のオウカにはそれしかない。

 世界の為、という使命感だけがオウカを突き動かしているのだろう。


「……そっか。俺がそれを仲介すればいいんだな」

「そういうこと。よろしくね」


 だから、カナメはそう言って笑って。オウカもそれに笑顔で答える。


「……それより、皆は何処にいるのかな。竜鱗騎士ドラグーンを向かわせてるし、余程の事が無ければ平気だとは思うけど」

「あのさ。その竜鱗騎士ドラグーンとかいうので飛ぶわけにはいかないの?」

「それで下から狙撃された時に、防ぐ手段がないからマズいかなって思ったんだけど……やってみる?」

「……やめとく」


 ただでさえ弓持ちの邪妖精イヴィルズが多いのだ。竜鱗騎士ドラグーンやフル装備のフェドリスならともかく、カナメやオウカは矢を防ぐ手段がない。

 いや、正確には魔力障壁マナガードは使えるのだが、アレを広範囲に展開するのは流石のカナメと言えど楽ではない。

 15階層まで行かなければならないというのに、ここで使ってしまうのは得策ではない。


「貴方の矢って魔法でしょ? 物理障壁アタックガードの魔法とか使えないの?」

「どうも俺、普通の魔法に関しては才能無いみたいでさ。オウカこそどうなんだ?」

「使えないに決まってるでしょ」


 カナメとオウカが黙っているフェドリスに振り向くと、フェドリスはゆっくりと首を横に振る。


「申し訳ありません。俺は使えません」

「そっか……ならやっぱり歩いていくしかなさそうだな」

「そうね。仕方ないわ……行きましょ」


 そう言うと、オウカは魔操騎士ゴーレムナイトを歩かせようとして……しかし、そこでフラリと倒れるようにバランスを崩してしまう。

 

「おっと」

「……!」


 すんでのところでカナメに支えられたオウカは一瞬怯えたようにビクリと大きく震えるが、すぐに表情を取り繕う。


「……ありがと。でも大丈夫だから」

「悪いけど、大丈夫に見えない。此処の敵はもう倒したし、少し休んでいく?」

「そういうわけにもいかないわよ。私が足手纏いで貴方の仲間に何かあったなんてことになったら……」


 言いながらも顔色の悪いオウカを離れた場所から見ていたフェドリスが「魔力不足ですね」とカナメに囁く。


「魔力不足?」

「正確には急激に大量の魔力を使用したことによる身体の不調です。休むか魔力薬を使用することで治りますが……」

「あ、それなら確か持ってるぞ!」


 言いながら、カナメは腰のベルトにつけた鞄から一本の瓶を取り出す。

 少し細い瓶に入った青い薬は、確かに魔力薬で……場所にもよるが、一本でおおよそ金貨5枚は要求する量が入っている。


「オウカ、これを……」

「ちょっと! そんなの仕舞ってよ! 貰っても返せないし買おうにも払えないわよ!?」

「え? でも」

「貴方、本気でいい人なのかもしれないけど! そんなの出されると後で何要求されるかって怖いのよ!」

「そんな事しないけどなあ……」


 言いながらも、カナメは渋々と魔力薬を鞄に仕舞い直す。

 本人が嫌がっているものを無理矢理飲ませても、いいことなんかありはしない。


「ならどうしようか。休むのもダメで、薬もダメとなると……」


 カナメの視線は、フェドリスへと向く。

 荷物袋を多数背負っているその姿を見て、カナメはふと思いついたようにオウカへと向き直る。


「……俺が背負うってのは、ダメかな」


 男嫌いのオウカにそれを言っても拒否されるかもしれないと思いながらも、カナメはそんな提案をしてみる。

 すぐに敵に対応できなくなるのは弱点ではあるが、そこはどうにでもなる。

 またさっきの薬の時みたいに何か言われるかも……と少しの覚悟をしたカナメに、オウカは無言。


「え、と? ダメかな?」

「……それでお願い」


 そして返ってきた返事は、意外にも承諾。


「……大丈夫?」

「貴方が提案したんでしょ!?」

「いや、そりゃそうだけど」


 苦笑しながら、カナメはオウカに背中を向けて姿勢を低くする。

 そのカナメの背中に、何度かオウカのものらしき手が触れては引っ込み……やがて、飛び込むような勢いでオウカがカナメの背中におぶさってくる。

 僅かな震えと、緊張か恐れか……伝わってくる速い鼓動が、問題が根深いモノであるらしい事をカナメに理解させる。


「よい……しょっと」


 カナメがオウカを背負い立ち上がると、オウカは大きく震えるが……カナメはあえて気付かなかったフリをする。


「じゃあ、しばらくはオウカと魔操騎士ゴーレムナイトが頼りだから。俺、何も出来ないしね」

「ま、任せなさい! 私の魔操騎士ゴーレムナイトなら……!」

「ハハ、頼りにしてる」


 そう言ったカナメの視界に、先程下級緑色巨人デルム・グリーンゼルトがやってきた方角から歩いてくる黄色い鎧が映る。


「アレって……」

「あ、ちょっと! 急に走らな……きゃあっ!」


 5体の黄の竜鱗騎士ドラグーンに囲まれて歩いてくる少女……エリーゼもまた、走ってくるカナメを見つけて綻ぶような笑顔を見せる。


「カナメさ……!」


 しかし、その目線はすぐに背負われているオウカへと向けられる。

 エリーゼもカナメに抱えて貰った事はあるが、背負われた事はない。

 抱えて貰うのも、とても素敵な体験ではあったのだが……アレもやってほしい。ズルい。

 そんな感情がエリーゼの中で渦巻いて。しかし、すぐにエリーゼは表情を作り直す。


「ご無事で何よりでしたわ!」

「エリーゼも無事で良かった。一人だったのか?」

「ええ。でもカナメ様の竜鱗騎士ドラグーンが来てくれたから心強かったですわ」

「そうか……それを心配してたんだ。エリーゼはなんていうか、魔法は使えるけど普通の女の子だろ? すぐに探さなきゃって心配してたんだ」

「まあ……!」


 その言葉だけでエリーゼは天にも昇りそうではあったが、やはり視線はチラチラとオウカの方にいきそうになる。


「あの、ところでオウカさんは……」

「魔力の使い過ぎみたいでさ。色々妥協案で俺が背負うことになった」

「そうですか……早くイリスさんと合流しないといけませんわね」

「ああ、同じ女性ならオウカも安心だろうしな」

「ですわね。一刻も早く合流しませんと!」

「……えーと。私、そういうのじゃないから安心していいんだけど」

「何のことか分かりませんわね!」


 困ったような顔を浮かべるオウカからエリーゼは勢いよく顔を背けると、稀に見る程の気合いを入れるのだった。

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