アリサとラファエラ

 ラファエラの言葉を、アリサは反芻する。

 ……矛盾はない。まだ何かを隠しているように思うが、聞いたところで話すことはないだろう。

 

「……そっか。話してるうちに少し気分も良くなった。私は行くけど、あんたも来るんでしょ?」

「そうしようかな、と思ってるよ。別にこっそりつけてもいいんだが、そろそろ距離を離されそうな予感もある」

「ふーん……?」


 ラファエラの言っている事についてアリサは見当がついているが、あえて言及はしない。

 焚火を消しているラファエラに水袋を投げ返すと、アリサは立ち上がる。

 恐らく、カナメは全員と合流するべく動いているはずだ。

 ならば自分もそうするべきだと、そう考えて……響いた落雷のような音に、その思考を中断される。


「今のは……」

「さて。雷のように聞こえたけど、案外誰かの魔法かもしれないね」


 魔法。そんなものを使う仲間はエリーゼしかアリサには思いつかない。

 となると……間違いなく戦闘。そう結論したその瞬間、アリサは走る。

 先程まで倒れていたとは思えない勢いの飛び出しにラファエラは肩をすくめると、後を追って走り出す。

 連続で雷の音の響く、広場のような場所。

 そこには火を吹いて暴れる下級赤色巨人デルム・レッドゼルトと、ツリーハウスのような場所から矢を放つ邪妖精イヴィルズ達……そして、手から雷撃を放ち飛び回る黄の竜鱗騎士ドラグーン達の姿があった。

 黄の竜鱗騎士ドラグーンの手から雷撃が放たれる度に邪妖精イヴィルズが倒れ、下級赤色巨人デルム・レッドゼルトが苦痛の声をあげる。

 だが流石に下級赤色巨人デルム・レッドゼルトの体力は並ではなく、何度雷撃を受けても倒れる様子はない。

 あるいは下級巨人デルム・ゼルトの中でも魔法力が高いと言われるその肉体に魔法に対する抵抗力が備わっているのかもしれないが……このままでは戦いが長引くであろうことは間違いない。


「……どー見ても、ありゃカナメの竜鱗騎士ドラグーンだよね。私達を探しに来たのか」

「丁度いいじゃないか、加勢してこよう。アリサはまだ本調子じゃないだろ? そこで見ているといい」


 言うが早いか、ラファエラは腰の細剣を引き抜いて走る。


「恐れよ、と天は叫んだ。砕けよ、と空は吠えた。私もまた、此処に歌おう……焼け焦げよ」


 ラファエラの細剣が細かく震え、叫ぶようにギインという音を鳴らす。

 込められた魔力の鳴らすその音に、空を見上げていた下級赤色巨人デルム・レッドゼルトが足元を見下ろし……その隙を狙うように無数の雷撃が降り注ぐ。


「ガアアアアアアアアア!」

魔法闘技マギノアーツ電撃剣スタンブレイド


 ラファエラの細剣を、輝き弾ける電撃が覆う。

 すっかり疎かになった下級赤色巨人デルム・レッドゼルトに突き刺されたその細剣は、纏う電撃の全てを流し込むかのようにバヂンッというスパーク音を何度も響かせる。

 そして、体内に直接電撃の魔法を流し込まれた下級赤色巨人デルム・レッドゼルトも激しい苦痛の悲鳴をあげてその身体を硬直させる。

 当然だ。魔法にも耐える硬い表皮も、それを貫かれ中から流し込まれては何の意味もない。

 一気に動きの鈍る下級赤色巨人デルム・レッドゼルトに上空から竜鱗騎士ドラグーン達が何度も雷撃を落とし……やがて、ぐらりと下級赤色巨人デルム・レッドゼルトは地面に崩れ落ちる。

 そうなれば後は掃討戦で、ツリーハウスの中に電撃を撃ち込んでいく竜鱗騎士ドラグーンを一瞥しアリサは溜息をつく。

 

「おや、どうしたんだい?」


 剣を鞘に納め近づいてくるラファエラに、アリサはなんでもない、と返して。


「なんでもない顔には見えないがね。当ててみせようか、今のカナメに自分はどれ程必要か……ってところかな?」

「否定はしないよ」

「おや、意外」

「カナメはもう、自分の道を歩き出してる。私が手を取って歩くような時期は、とっくに過ぎてるよ」


 本来なら、もうアリサは何処かにまたフラリと旅に出てしまっていてもいい時期だろう。

 そういう風に生きてきたし、その生き方を変えるつもりもなかった。

 それでも、まだカナメの側にいるのは。


「それでも、まだ必要とされてる。だから私は、必死でお姉さんぶらないといけないのさ」

「ふーん?」


 ラファエラはそう返すと、降りてくる竜鱗騎士ドラグーン達を見上げる。


「だとすると、私は君に一つ助言できるかもしれないな」

「助言……?」


 胡散臭いモノを見る目で見るアリサに、ラファエラは心外だ、という顔をする。


「ほんと信用無いな、私は……まあいいや。魔導剣か魔導球……どちらかを探したまえ」

「何それ。聞いた事もないけど」

「昔の魔人が作った骨董品さ。炎の剣とか光の球とかっていうと分かりやすいかな?」


 炎の剣に光の球。英雄譚の主人公が使うような武器の代表格だ。

 そんなものを話題に出されても、アリサとしては首を傾げるしかない。

 なにしろ、今までそんなものが実在するなどという話は聞いた事もない。


「存在するの? それ」

「するさ。まさか闘神が単純に腕力で破壊神と戦ったとでも?」


 闘神。その言葉に、アリサは反応する。

 その話は……過去に闘神と呼ばれていた狂戦士バーサーカーになりかけているアリサの身体の事は、ラファエラに話した事など無い。

 だから、これはきっと偶然。そう自分に言い聞かせ、アリサはラファエラに問いかける。


「だとしても、そんなものが今まで見つかったなんて話は聞いてない。まさか心当たりでもあるの?」

「さてね。ひょっとしたらダンジョンを奥深く潜れば見つかるかもしれないし、見つからないかもしれない。だが、探す価値はあると……私は思うけどね?」


 言いながら、ラファエラは歩き出す。


「さあ、そろそろ行こうか。カナメ君達を、こっちから見つけてやろうじゃないか」

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