呪いの逆槍4

「……なんだこりゃ」


 三階層に到達したカナメ達を襲ったのは、自分達を包み込む強烈な光だった。

 到達直後という一番油断の大きくなるタイミングを狙ったソレの収まった直後。

 カナメの目の前に広がっていたのは、広大な森を思わせる風景であった。


「罠……いや、何かの魔法ってことか?」


 答えを求めて振り返ったカナメはしかし、そこにいるはずの仲間達の姿が足りないことに気付く。

 膝をつき頭痛を抑えるかのように頭を抱えたフェドリス、そしてぺたんと座り込んでふらふらと頭を揺らしているオウカ。

 それ以外の仲間の姿が、何処にもない。

 アリサも、エリーゼも、イリスも……誰も、だ。


「あ、貴方は……何故平気なのですか?」

「え?」


 なんとか立ち上がったフェドリスに聞かれ、カナメは疑問符を浮かべる。

 確かに驚いたが、そんなに具合が悪くなるようなものだっただろうか?


「今のは、恐らくは転移魔法と呼ばれる類のものです。それも対象者の同意を得ない強制転移……くそっ、吐きそうだ……」


 転移魔法とは、文字通り「対象を別の何処かに移動させる」魔法だ。

 失われた魔法の一つであり、しかし現在でも各地にその名残を見せる魔法でもある。

 これが復活し実用化されない理由は幾つかあるが、その中でも最大の問題は「制御が恐ろしく難しい」事にある。

 具体的に言うと、ほんの少し制御を失敗するだけで大量の魔力を使った埋葬になる可能性が発生する。

 送り出した相手が行方不明どころか自分の足元で埋まっていたり、場合によってはもっと酷い事になる。

 そして、誰もそんなリスクを背負いたくなどない。

 実用化したとして、使用する魔力も恐ろしく多い事も分かっている。

 トドメに、体への負担が大きいのだ。具体的には魔力をかき乱される事から酔いや目まいなどの変調を起こす。

 特に強制転移の場合は転移対象者の身体で防御反応が起こり、更に酷い事になる。

 

「……」


 フェドリスの説明を受けて、カナメは他の仲間たちの……特にアリサの無事を祈る。

 ただでさえ体内に魔力の異常を抱えているアリサにとって、あまり良いモノとは思えなかったからだ。

 

 ……ちなみにだが、カナメの場合は本人が然程抵抗しなかったのもあるが、今回の強制転移程度で揺るぐほどカナメの魔力が少ないわけではない、という理由があげられたりする。

 これは術式の開発者が「普人よりも魔力の多い何者か」達であり、彼等が利用することを基準としていたなどの事情があったりするのだが……それはさておき。

 カナメの場合下手に抵抗すると防御反応だけで転移拒否してしまう事態も考えられた為、それについては僥倖であったともいえるだろう。


「とにかく、まずは落ち着いて現状把握をしよう。オウカさん、大丈夫?」

「う、ううー……頭がグラグラするぅ……」


 起き上がれないらしく座り込んだままのオウカにカナメは少し考えた後手を差し伸べるが、オウカからの反応はない。


「すぐに動かすのも良くないかな……多少調子が戻るまで休息にするとして、ここは……」


 言いながら、カナメは空を見上げる。

 夜空のような……というにはのっぺりとした、星一つない空。

 黒く、淡く輝くそれは……。


「あれって、どう見ても今まで歩いてた床だよな。ということは……ここは天井、か?」


 どういう理屈なのかは分からない。

 だが、どうやら今まで見上げていた場所を歩けるようになっているという事だけは確からしい。

 そして、恐らくアリサ達も別の場所に転移させられてしまっている。


「……目指すべき事は合流。どういう振り分けで転移されたのか分からないけど、最優先で探すべきなのは……」


 アリサなら、余程の事態に陥っていなければ何とかなるだろう。

 転移の影響が心配ではあるが……「とりあえず大丈夫」と仮定する。

 イリスは言うまでもない。武装を持ち込んでいる以上、彼女を害せる生物はそう多くない。

 ルウネも大丈夫だろう。むしろ、彼女がカナメを見つける方が早いかもしれない。

 レヴェルは少し心配だが……それよりも心配なのがエリーゼだ。

 他の面々と違い生粋の魔法士のエリーゼは、一人きりで戦うには向いていない。

 誰かと一緒にいれば緩和されるだろうが……それを期待して探さないという選択肢はない。


「……エリーゼ、だな。探さなきゃ」


 考えをまとめ、カナメは振り返る。

 そこには無言で立つフェドリスと、ようやく視点が定まってきたオウカの姿。


「とりあえず、他の仲間との合流を目指す。「床」に戻る方法とかも探さなきゃだけど、まずは合流優先ってことでいいかな?」

「ええ、それで構いません」

「私もそれでいいわ。大丈夫と言い聞かせてても、男に囲まれてるってのはどうにもソワソワするし」


 二人の同意を受けて、カナメは黄金弓を構え矢筒から一本の矢を……黄色い竜の意匠の施された矢を引き抜く。


「え……まさかモンスター!?」


 まるで戦闘に挑むかの如きカナメの様子にオウカは慌てるが、そんなオウカにカナメは笑って否定する。


「いや……今こそ使うべきだと思って、さ」

「何を……いや。それ、何か仕掛けがあるのね?」

「まあ、そんな感じ……かな?」


 弓を引き絞り、カナメは矢を「天」へと放つ。

 そして……驚愕に「空」を見上げるフェドリスとオウカの視線の先で総勢25体の、黄の竜鱗騎士ドラグーン達が舞う。


「5体ずつに分かれて皆を探すんだ! 見つけたら俺と合流するまで護衛を頼む!」


 カナメの言葉に応えるかのように、竜鱗騎士ドラグーン達は木の上を低空で飛翔していく。

 その姿をオウカは無言で見送った後「え、まさか聖鎧兵……? でも……」と呟いた。

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